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episode3:マイ・ブロークン・マリコ

「マイブロークンマリコって映画を観たんだけどねぇ、僕は切なくなったよ」
日野は、フライドポテトをかじりながらそう言い出した。速水は、ちらりと視線を向けながらも料理を作る手を止めずに耳を傾ける。
「少し前にね、劇場でやってただろ? だから、せっかくと思って映画館に行ったんだ」
「CMなら見た気がするな。親友が死んで、お骨と旅に行くみたいな」
「そうそう。主人公のシイノが、亡くなった幼馴染で親友のマリコの遺灰と一緒に、海を目指すってお話だよ」
日野は、唇を噛んでぽつぽつと話し出す。
「シイノとマリコは、ちっちゃい頃からの親友でね、ずっとずっと一緒にいたんだ。父親に虐待を受けてたり彼氏に酷い扱いされたりしてるマリコは、優しくしてくれて守ってくれるシイノに依存してる。シイノもまた、中高生で煙草吸っちゃう不良少女ってことで友達がいないみたいで、ある種マリコに依存してるんだ。本人も、『アタシにはアンタしかいなかった』って語ってる。まぁ、ほとんど共依存だよねぇ。んで、そんな2人のうちのマリコが死んじゃって、シイノがその骨を持ってまりがおか岬だったか……とにかく、そんな名前の海を目指すってお話」
「……そんな話だったんだ」
「俺も見て驚いたよ。でも、大枠はドライなのにちょっとウェットで、単純に感動できる話だったねぇ。人が死ぬって言うのがテーマの話って、2パターンあるでしょ?」
「……2パターン?」
速水が眉を寄せて問い返すと、日野はきょとんとした表情で首を傾げた。そして、口の中で、あれ違ったかとか言いながら前髪をいじる。
しばらくして、思いついたようにまた口を開いた。
「大事な人を失って、それでも日常は巡る。その日常を、どう生きていくのか。……これが1つ目。ドライな方だね。淡々と、死をあるべきもの、避けられないものとして描いてる。そういう話では、映画である以上物語性はあるものの、劇的ではないんだ。一直線に人生が描かれてて、情緒的な波はあまりない。主人公は、大事な人の死によって日常を大きく崩壊させたり自分が大きく変わったりすることはない感じかなぁ」
「なるほどな」
「対象的に、ウェットな方は劇的で主人公の波が顕著なんだ。例えば、娘が死んで夫婦の関係性に少しづつヒビが入っていくとかね。死が、故人の周りの人間を大きく変えるものなんだっていうことを描いてる。映画的な劇的で大きな展開があるのが、こっちだね。ちょっと違うけど、たいていのヒーロー映画とかアクション映画は、ウェットな死の表現しかないってイメージがあるかなぁ。偏見かもしれないけどね」
日野の話を聞きながら、速水は曖昧に相槌を打った。その様子に、日野は苦笑いする。
「あくまで俺の主観だからね、本物の映画好きや評論家に言わせりゃ、もっと違う表現の仕方があるよ」
「まぁ、そうだろうな」
「ふふ、まぁいいんだけど。それでさ、シイノが海を目指しながら、マリコとの思い出を振り返っていくんだけどね。どんどんどんどん、マリコが狂ってる……って言い方は適切じゃないけど、虐待されて精神的に崩れてるってことがわかってくるんだよ。シイノへの依存とか、恋愛感情に似た愛情とか、操ろうとしてる感じとか、マリコが単に虐待に耐える可哀想なイイ子じゃないってね。それに、シイノもマリコに依存してるってこともわかってくるんだ」
「不良少女が?」
「そうさ。共依存だったんだよ、2人は。マリコは助けられることに、シイノは助けることに依存してた。まぁ、シイノだってたまにはマリコを鬱陶しい面倒な女だって思ったこともあるんだよ。でも死んじゃって、旅の中では綺麗な思い出を思い出すことが多いことに気が付く。シイノはそれに耐えられなくなるんだ。「綺麗なあの子しか思い出せなくなる、面倒な女だって思ったこともあるのに」って」
どこか自分の事のように話す日野に、速水は何も言わなかった。ふぅん、といつも通りの相槌と共に、珈琲を差し出した。
「あ、ありがと。俺ね、シイノが好きなんだぁ。ありがちな、雨に濡れた子猫を拾っちゃう系ヤンキーみたいでさ。彼女のバックボーンはほとんど語られないから、どんな家庭で育って、どんな風に仕事を決めたのかとか、なんにもわかんないんだけどね。もしかたしたら、シイノも家の中で孤独を感じてたんじゃないかなぁ。たとえ愛されてたとしても、それを真っ直ぐに受け止める何かが、彼女にはなかったんだと思う。だから、マリコに目をかけてたんじゃないかなぁ」
「お前、気の強い女の人好きだもんな」
「あっははは、まぁね。それでさ、さっきのウェットとドライの話に戻るんだけど。この映画って、作りとしてはすごくドライなんだけど、シイノと、シイノが出会った男だけはウェットなんだ。シイノは、死んだ親友のために仕事もほっぽらかして田舎の海に単身旅に出ちゃうし。あの男……マキオ?だったかな。忘れちゃった。彼も、死と向き合ったことですごく優しいんだ。出会ったばかりのシイノに、色んなことをしてくれる。シイノにとっては大切なことになる、温もりをくれるんだ。物語だからこその、そういう人間って、不思議と魅力的なんだよねぇ。普通だったら、怖がりそうなもんだけど。そういう、アンバランスな感じが見ててむず痒くってさ、面白かった」
「ふぅん。ちょっと気になるかも」
「ホント? 今ならサブスクで見れるからさ、ぜひ見てよ! そんで、見たら感想聞かせて?」
「はいはい。お前ほど長ったらしく話せるかわかんないけど」
「そんなそんな! ちょっとでも聞けたら楽しいよ。ほら、俺って聞いてもらってばっかりなことが多いからさ」
日野は満面の笑みではしゃいでそう言った。その様子に、また5歳児のはしゃぎっぷりを思い出しつつ、速水は包丁を手に取った。
「今日はナポリタンにするか?」
「いいね!」

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