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「月が覗く部屋」・・・怪談。友人の相談とは。


『月が覗く部屋』

先日、私は同期の美晴から、相談に乗って欲しいと言われ、ランチを一緒にしました。

彼女は地元の大学に進学し、高校の2年先輩だった稔二さんとお付き合いをしていまたのですが、稔二さんが東京の会社に就職が決まったため、上京して会社に近いアパートで一人暮らしを始める事になったそうです。

「美晴が上京して一緒に住むまでの間だけだから、家賃だけで選んだよ」

そういう稔二さんに、『もう少しちゃんと選んだ方が・・・』と少し不安を感じたそうですが、彼は先輩でもあるし、何より『上京したら一緒に住む』という言葉が嬉しかったので、美晴は何も言わなないことにしました。

稔二さんが入ったアパートは、2階建ての2階。間取りは6畳間に風呂トイレ付きの1DKで。築30年以上だけど、リフォームされたばかりなので壁紙も新しく、暖色系のカーテンとも相まって、とても清潔感のある明るい印象だったそうです。

「新入社員は、忙しいから、アパートに帰ってもすぐに寝ちゃうらしいの。アタシが電話しても出ないくらい、バタンキューってベッドに倒れ込むんだって」

『何だよ。相談とか言って、遠距離恋愛の憂さ晴らしをしようって訳か?
絶賛彼氏募集中の私によくそんな事が出来るわね』
と思っていると、話は違う方向に進んでいきました。

「でもね。最近、稔二さんのアパートで、変な事が続いているのよ」

「変な事?」

美晴が深刻そうな表情に変わった。

「真夜中に、何か眩しい感じがして目が覚めたらしいの。頭の上を見ると、窓のカーテンの隙間から、大きな青い三日月が見えて、その光がちょうど顔に射し込んでたらしいの。それで、眠気まなこでカーテンを閉じに行って、その日はそのまま眠ったのよ」

「ふ~ん。閉め忘れる事くらいあるでしょうね」

「違うの。稔二さんは絶対に閉めたはずだって言うし、それに一度だけじゃないのよ。次の日も、その次の日も、眠っていると、きっちり閉めたはずのカーテンに隙間が開いてて、三日月が見えるんだって」

「確かに閉めたの。思い違いじゃないの?」

「それは絶対無いって。稔二さん、割とそういうところ細かいから!」

「へえ、そうなんだ・・・」

私はまだ勘違いの可能性を疑っていたが、とりあえず最後まで話を聞くことにした。

「それから二週間くらい仕事が忙しくなって、ただ寝るだけの日々が続いたから、稔二さんもカーテンの事は忘れてたらしいの。その仕事が一段落して、クライアントの人と打ち上げをした帰り、終電まで飲みなおそうって事になって、同期の男の人二人と女の人一人がアパートまで来たのよ」

「酔ってるのに女の人も一緒なのは、ちょっとヤバいんじゃないの?」

美晴が羨ましかったのかもしれない、私はちょっと意地悪な質問をしてみた。しかし、彼女は不思議なほど動じなかった。

「ううん。稔二さんは大丈夫。女の人にもてるような気遣いは出来ないから。その時も、女の人が脱いだコートを、窓のカーテンレールに引っ掛けたんだって。そういうの、ちょっとダサくない」

「まあ。クローゼットが無いなら仕方ないんじゃない」

私には、なぜカーテンレールがダメなのか分からなかった。

「おまけに、その時稔二さんは、なぜだか分からないんだけど、カーテンの端同士を何か所か、洗濯ばさみで挟んで留めたらしいの」

『なぜそんな事をしたんだろう、それほど隙間が開くのが嫌だったのかな』

と、又新たな疑問が頭に浮かんだが、美晴が次に話した内容はそんな雑念を吹っ飛ばしてくれた。

「それから一時間くらい、缶ビールとコンビニのおつまみで盛り上がってたんだけど、急にカーテンレールに掛けたコートが左右にゆらゆら揺れ始めて。それに気づいた稔二さんが、『すきま風かな・・・』って言った瞬間!コートがハンガーから外れてバサッと床に落ちて!続いてカーテンを挟んでいた洗濯ばさみが全部、バチバチバチって弾けて飛んじゃったんだって!
驚いた稔二さんと同僚3人は、大声を上げて部屋を飛び出したのよ」

「え~!やだ。そんな怖いアパート早く引っ越した方が良いわよ」

「待って。この話、続きがあるのよ」

美晴は、上目つかいで私を見ると、切羽詰まった口調で話した。

「女の人は終電だからと言ってそのまま帰ったの。薄情よね。でも稔二さんは行くところもないし、他の二人に頼んで一緒にアパートに戻ったの。そしたら、カーテンは少し開いたままで、女の人のコートが落ちたままになってる他は、何も変わったことが無かったらしいわ」

「ふん。それが話の続きなの?」

「いいえ。ここからよ。そのアパートに一緒に来た女の人がね。次の日に突然会社を辞めちゃったの。辞表だけ書留で送られてきて、それっきり。あまりに急な事だから、上司から事情を聞いてこいって命令されて、忘れ物のコートを届けがてら、稔二さんがその人のマンションに行ったんだけど、マンションは既に引き払われて誰もいなかったの。」

「いきなり、いなくなっちゃったの?」

「そう。それ以来、誰もその人を見てないんだって」

「マジで? 怖すぎるよ。訳わかんないし」

「でも、理由は分かってるのよ」

「え? 分かってるの?」

「うん。その女の人、誰にも言ってないけど、アパートでコートが落ちた時に、やっぱり窓の外に三日月が見えたのよ。でも、良く見るとそれは三日月じゃなくって、丸い街灯の光の中に、女の生首が浮かんでて、部屋の中をじっと覗いていたんだって。それで怖くなって失踪しちゃたのよ」

「ぎゃ~! ヤダヤダ。ずっとその首が覗いてたってこと?」

「そうなの。引っ越した時から」

「もう。怖すぎるって、だから安すぎるアパートは・・・」

と言いかけたところで、何かが心に引っかかった。

変だ。おかしい・・・

私は少し迷ったが、恐る恐る美織に尋ねてみた。

「ねえ、美晴。その女の人は次の日からいなくなったのよね」

「うん。誰にも会わずにね」

「じゃあ。どうしてあなた、女の生首が浮かんで部屋の中を覗いていたって知ってるの? その場にはいなかったんでしょ」

私の質問に、美晴はフフっと笑うだけだった。

「ねえ。それで最初に言った相談なんだけど。その女が忘れたコート、稔二さんのアパートに残ってるんだけど・・・捨てちゃっても良いよね。」

「さ、さあ。どうかなぁ。帰って来るかもしれないし」

「いいえ。あんな女、もう帰って来ないわよ・・・」

その時、小さく呟いた美晴の最後の言葉を、私は聞いてしまった。

『もう帰って来ないわよ』の後の一言。

それは確かに、

「ザマアミロ」だった。

                  おわり

*登場人物は全て仮名です。


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