見出し画像

「見守りカメラ」・・・怪談。深夜のグループホームで起こった事。


安積さん(仮名)が勤めるグループホームでは、深夜の徘徊を見守るために、各部屋に「見守りカメラ」を設置しています。

部屋にカメラがあると言うとプライベートの問題がありそうですが、カメラの映像を見られるのは、普段入所者が入らない事務室のみで、ネットなどで外に出る心配もなく、入所するご本人とご家族には安全性を説明して許可を貰っているのです。

ホームでは、深夜の徘徊を防ぐため、スタッフ1名が交代で泊まり込む規則になっています。夜勤スタッフの主な仕事のひとつが、この見守りカメラの映像のチェックです。

見守りカメラにはセンサーが付いていて、入所者が起き上がったり歩き回ったりするなど、動きがあると、チリンというベルの音と同時に、カメラのスイッチが入ります。

だから、何もないときは、真っ黒なモニターの前で一晩中ぼーっとしているだけなのでスタッフもあまり夜勤を嫌がりません。

安積さんが、初めて一人で夜勤したのは新人の年の5月初めでした。

「居眠りしてる間に、間違ってホームの外に出られたりしたら、
あなたの責任問題だからね」

中年のホーム長の言葉にも、

『そう思うなら、一緒に宿直してくれればいいのに』

と考えてしまうのも、若さゆえというところでしょうか。

とにかく、緊張して迎えた安積さんの初夜勤ですが、
真夜中過ぎまでは何も起こりませんでした。

しかし、深夜一時を過ぎた頃、ベルの音と同時に、並んだモニターの一つに明かりがつきました。

チリン。

カメラのスイッチが入って部屋の中の様子が映し出されたのです。

「トイレかしら」

モニターの部屋番号を確かめると、2階の201号室。

「あれ。201には誰も居ない筈なのに」

こういう時は一番緊張します。
空き部屋でカメラのスイッチが入ったという事は、誰かがその部屋に侵入したという事なのです。入居者が間違って入ったなら良いのですが、外から誰か入ったなら、泥棒の可能性もあります。

安積さんは、恐る恐る、カメラのスイッチが入った201号室に
向かいました。

暗い廊下を足音を立てずに歩き、201号室のドアを開けて天井灯のスイッチを入れると・・・

そこには誰も居ませんでした。

「なんだ。カメラが壊れてんのかな」

安積さんは安心して、事務室に戻りました。

そして、モニターの前に座り、ウトウトとしてくると又、

チリン。

ベルの音がします。モニターが点灯しているのは又もや201号室です。

「又だ。おかしいな」

安積さんが立ち上がって確認しに行こうとしたところに、

チリン。

又ベルの音がして、今度は隣の202号室のカメラにスイッチが入りました。

202号室は、元学校の国語教師だった、牧野さんです。
先月入院しておられたご主人が、病院で亡くなられたのですが、
ご本人にはお話ししていません。
グループホームでは、原則入所者の方に、訃報はお知らせしません。
ショックを受けるのを避けるためです。

安積さんがモニターを見ていると、202号の牧野さんは、
しばらくベッドの上に座り、自分の右側の何もない空間に向かって
喋り続けていました。

安積さんは気になって、202号室を見に行くと、
牧野さんはもう横になって寝息を立てていました。
もちろん。201号室には誰も居ません。

幸いなことに、この夜はこれ以降何も起こりませんでした。

翌朝、出勤してきたホーム長に報告すると、「そう」と
気の無い返事が返ってきました。

『あれ? よくある事なのかな?』と思っているところに、
202号室の牧野さんが起きてきました。

牧野さんは、私の顔を見ると、

「今日、お父さんが来てくれてるから、朝食はお父さんの分もお願いしますね。それでね、お食事が終わったら私も一緒に帰るから」

「え?」

安積さんは、どう答えてよいのか分からなくなりました。

牧野さんのご主人は、先月入院先の病院で亡くなっていたのです。

戸惑う安積さんの横から、ホーム長が答えました。

「分かりました牧野さん。用意してありますよ」

ホーム長は牧野さんが席に着くのを見届けると、安積さんに耳打ちしました。

「お箸とお茶碗、もう一組用意して牧野さんの横に置いてあげて」

「はい」

安積さんがお箸とお茶碗を並べると、牧野さんは嬉しそうに朝ご飯を食べ始めました。
ところが、全員の食事が終わり、部屋に戻り始めた時、
牧野さんは、椅子に座ったまま立ち上がってきませんでした。

「牧野さん。お部屋に戻りますか?」

と、安積さんが声を掛けても俯いて返事がありません。

「牧野さん。あ!」

体に触れてみると、牧野さんはすでに椅子の上で冷たくなっていました。

それを見てホーム長は、牧野さんの体を椅子から降ろし、ソファーに横たえるよう指示をすると、119に電話しました。
それは、驚くほど冷静でした。まるでこうなる事が分かっていたように。


その日以来、安積さんは、夜勤が回って来ると牧野さんの事を
思い出すそうです。

そして、チリンというベルの音とともに、誰も居ない部屋のカメラのスイッチが入らないことを祈っているのでした。

             おわり



#グループホーム #怪談 #見守りカメラ #夜勤 #ひとり #恐怖 #高齢者 #看取り #テレビ #モニター #生か死か #お迎え #亡き夫 #家族 #眠れない夜に


この記事が参加している募集

眠れない夜に

ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。