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【詩】五月のノスタルジー

五月のノスタルジー

五月のノスタルジー

  あやめかる安積あさかの沼に風ふけば
       をちの旅人 袖薫るなり    源俊頼

風が万物を薫らせ
蒼い静脈の這う近所の少女の乳房が膨らみ
出戻りの姉の白い太腿はむき出しで縁側に投げ出され
売春宿のぼくの恋人のお腹の産毛が陽炎のようにゆれる
そんな五月の白昼に不如帰が鳴き出すと
工事現場では必ず神隠しが起こり
少女の腋臭のような沼の匂いが山から下りてきて
夕暮の雨は予想通りに姉の下着を濡らし
恋人の記憶が川辺に引き上げられた投網の中で鮎のように躍ね煌めく

ああ 腐ってゆくほどに匂いは芳しく
たどれぬ記憶を甘く噛みしだく

少女の部屋の瓶に残った牛乳は
なぜか夏川の藻草の匂いがし
髪を梳る姉の濡れた袖からは
えた花橘の香が漂い
朝に食べたチーズはなぜか
捨てた恋人の発酵した尻の断片のような臭いがする

ああ  芳しき五月
軒に吊るされた菖蒲は風に揺れ
物干し台で下着を干す少女のふくらはぎは
子猫に舐めさせていた姉の足の裏になり
恋人の反り返った足の小指の匂いと化すのだった

ああ  麗しき五月
風は万物を匂いに狂わせる そして
五月雨のころには きまって
ぼくの記憶の溶鉱炉は
空っぽになる


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☆2022.11投稿作品を若干の修正の上再掲。

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