華咲花園

アクセサリーと物語

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『ミッドナイト・レディ』

真夜中に一人佇んでいるような人だ。 黄昏時、彼女の運転する車に乗せてもらうと、夜に連れてゆかれるような錯覚を覚える。夜の帳が、彼女を迎えに来ているかのような。彼女はあたりが暗くなるごとに、少しずつ口数を増す。蕾が綻んでいくかのように、本当の姿を取り戻す。 ハンドルに手をかける彼女の白い指には、夜色のレースがかけられている。月明かりに透かされて、大粒のスワロフスキーがレース越しに光る。水面を湛えたような彼女の瞳と同じ色だ。 ミッドナイトブルーのパールチェーンが揺れる金縁眼

    • 『涙の海でバカンス』

      自分でいるのをやめたい。 どうしてだろうね。 こんなに愛しているのに。 私は可愛くて、賢くて、才能があって、魅力的で、とっても素晴らしい人間なのに、今は少し、私が私であることに疲れてしまった。 自分ではどんな自分も素敵だと思っているし、それで十分だと思うのに、他人からどう見えるかを気にするのがやめられない。気にしても仕方がないとは思うけど、気にする価値がないとはどうしても思えない。他人からどう見えてもいいのなら、身だしなみを整えたり、優しくあろうとしたり、素敵な人間であ

      • 『夜霧に包まれた永遠』

        永遠を走る夜行列車へのご乗車ありがとうございます。 ご乗車のお客様には永遠に、貴方の望む全てをお約束いたします。 窓の外には見渡す限りの星の海が煌めいて、どこからか聞こえるアナウンスの声は、その全てが私のものだと言う。 うーん、そうしたら私はどうしようか。まず、友達がほしいな。心の底から分かり合える、一生の友達。 そして恋人。尊敬できる高潔さと、他人の痛みを理解出来る優しさを持ち合わせていて、私の全てを愛してくれる。 そしてこの星空。この夜汽車を取り囲む、数え切れな

        • 『さざ波を連れて』

          気に入った人がいると、まずは大抵海へ連れていく。 海では、話すべきことはなにもなくて、話したいことだけがそこにある。さざ波の音だけが聞こえるこの場所で、余計なことを話す気分にはなれない。だからどうしても、本音だけで話せるような、そんな気がする。 都会の喧騒の中では、余計なことばかり話してしまう。恥ずかしくて誤魔化したり、見栄を張って背伸びしてみたり、そんなことばかり。後になって、心にもないことを言ってしまったと気付く。面白い話をしないといけないような気がして、つい大袈裟な

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        『ミッドナイト・レディ』

          『探求者』

          生きていれば、知らない方が幸せなこともある。 誰かを傷つけないための優しい嘘のように、私たちは幻想に守られて生きている。愛、幸福、実体のないものに名前をつけて、その中身がなんなのか、実のところは誰も知らない。 知らないものに名前をつけずにはいられないのは、ひとりになりたくないからだ。愛も幸福も真実も、自分の中にしか存在しないと知ったなら、私たちはみな生まれて死ぬまで、一人残らず孤独であることを思い出してしまうから。 清く正しいはずの真実が、私から全てを奪い去るかもしれ

          『探求者』

          『自由の致死量』

          自由を飛べる翼が生えていると思って、私は勢いよく飛び出した。広い空をただ闇雲に飛んで、その先には何もなかった。力尽きて、堕ちて、固い地面に叩きつけられる。高く飛んだら飛んだだけ、落ちればタダでは済まないのだ。そんなことも知らず、行く宛もないままにどこまでも飛び続けた。 翼は焼け落ちた。蝋づけの翼で空を自由に飛び、やがて落ちたイカロスのように。海に落ちたイカロスは死んだが、私は無様にも生き延びた。 私は不自由を憎んでいた。自由こそ私の友だと思っていた。だけども自由は誰の敵で

          『自由の致死量』

          『すみれ色の夜』

          すみれ色の夜を、青白い月の光だけが照らす。コンクリートの桟橋を海に向かって、ひとつまたひとつと踏み出すたび足から呑まれていくような心地がする。 夏の蒸した空気の閉塞感と、海の匂い。ふいに息が出来なくなって、閉じ込められたまま標本にされる夢を見た。手のひらに溜めたすみれ色の水はさらさらと零れ落ちて、こんなに全部全部を溶かしたみたいな色をして、私のことは溶かしてくれないんだな。 誰かの視線が怖いよ。誰にも見られたくない。世界がこのままひとつの宝石になって、みんなみんなただの不

          『すみれ色の夜』

          『時手紙』

          ここでは、五年後の誰かに手紙を書くことができる。 隣にいる当時の恋人と、五年後にまだ付き合っているかも分からないしね、と言いながらお互いにではなく五年後の自分に宛てて手紙を書くことにした。付き合い初めのお熱いカップルだったわりに随分ドライな、と我ながら思う。 五年が経った今、私は後悔していた。たった五年前に自分が書いた文章なんて、残念ながらだいたい覚えている。多少の落胆と懐かしさとともに読み終えた私が思ったことは、「彼はあのとき何を書いたのだろう」。確かめようにも、もう隣

          『時手紙』

          『スターライト・レディ』

          年下の友人ができた。30コ下の。 若いのに、仕草が綺麗な女の子。身につけるものがお店では見かけないものだから、訊ねると彼女の手作りなのだと教えてくれた。控えめながら美しく個性的なそのブレスレットのように、彼女自身もまたそうなのだろう。 彼女はよく、自分は平凡だと言う。言い聞かせるような言葉にも聞こえるし、彼女ではない他の誰かの言葉にも聞こえる。あるいは、かつて私にも聞こえていた言葉。自分は世界の中心ではない。この世界の主役は自分ではない。脇役にすぎない私は、身の程をわきま

          『スターライト・レディ』

          『幸福論』

          何が幸せかくらい、自分で決めなよ。 生意気な後輩だとは思っていたけど、ここまでとは。正直こういうタイプは苦手だ。なのにどうして、言われるがままに街へと繰り出して、一緒にショッピングなんてしているんだろう。 「先輩は、どういう服が好きなんですか。その服、絶対自分の好みで選んでないですよね」 いちいち腹の立つことを言う奴。全部自分の好きなように生きられている人間なんて、一体どれだけいるだろう。強さか、金か、権力か、そういう何か特別なものがない限り、「無難な人生」からは逃れら

          『幸福論』

          『月の心臓』

          「月の裏側ってどうなっていると思う?」 澄んだ青色のハーブティーに金箔を浮かべながら、私は問いかける。 「そうだな。きっと月の中には綺麗な宝石がたくさん詰まっていて、宇宙に行った人達がせっせとそれを掘り出しているんだ。だけどそれは裏側でだけ行われていて、僕たちからは見えない」 「その宝石たちは、一体どこへ行くんだろう。富裕層たちの間でだけ取引されていて、私たちにはまわってこないかもね」 「そうだったら悲しいけど、もし僕たちでも手に入れられるくらい安価で取引されて、月が

          『月の心臓』

          『宿命論』

          「アカシアの記録って知ってる?」 「そこにはこの世界が始まってから起こった出来事が全部、記録されてるんだって」 彼女はある時、分厚い本を腕いっぱいに抱えてそう言った。そこに私という人間のことも記されているとしたら、どんなふうに書かれているのだろう。私は世界にとって、どのような存在なのだろう。 「アカシアの記録というものが少なくとも今のところ、人間の手の届くところに存在しなくてほんとうによかったと思う」 「どうして?」 「もしも全てが詳らかにされてしまったら、この世は

          『宿命論』

          『マゼンタの心』

          今、自分の心はマゼンタだ。と感じたことはある? 私は今がそう。心の中に鮮やかなアイデアがチョコレートファウンテンのように溢れ出して、今にも溺れそう。真っ赤なドレスがチョコレートの海を揺蕩っていて、コルセットを編み上げたように胸がぎゅっと締め付けられる。せき止められたたくさんの色が私の心をいっぱいにして、今にもはじけそうだからだ。 あの頃は、こんな風に思う日が来るなんて思わなかった。かつての私の目に映るものは無機質な白い壁紙と、使い古して薄汚れたピンクのカーテン越しの光だけ

          『マゼンタの心』

          『はぐれ人魚の耳飾り』

          海の中は窮屈だ。お日様を食べて生き、流れのない深海で眠る、私たちに合う環境は広い海の中でもほんの僅かだ。大きな海流に守られた安全な場所で暮らすうちに退化したこのヒレじゃ、そう遠くへはゆけない。私たち人魚はひとたび海流に迷い込めば、どこまでもただ流されて海の藻屑になるしかないと聞かされて育つ。そうして安全ではあるけどどうしようもなく退屈な、この狭い世界に閉じ込められた私たちは、互いに愛し合ったり憎みあったりして、お互いがお互いの枷となって長い年月を過ごす。 みんな仲良くすれば

          『はぐれ人魚の耳飾り』

          『愛の虜』

          「今は仕事が忙しいから彼氏はいらない」 そういう人は、恋愛に淡白な人なんだと思っていた。きっと仕事が忙しくなくても、彼氏が欲しいと積極的に思うことなんてなくて、一人でも生きていけるんだろうと思っていた。恋愛が辛かった私は恋愛を必要としない彼女らを羨ましく思い、一方で恋愛に幸福も感じていた私は、これはこれでいいかとも思った。彼女らの幸福が仕事や趣味なら、私の幸福は今のところここにしか見当たらない。 大学を辞めてバイトも辞めて、趣味だった絵も描けなくなって、本を読もうにも字を

          『愛の虜』

          『苔むした箱庭』

          薄暗いあの場所にひとりきり残してきたあの人を、今更になって思い出す。救えるわけでも、連れ出せる訳でもない。そうしたいとも思わない。だけどあそこはひとりでいるにはあまりに暗く、寒い。 今が人生で一番楽しい。 そう思うたび、光が増すほど影が深くなるように、ひとつの記憶が頭を擡げる。 あの人はどうしているだろうか。元気にしているだろうか。 最後に見たあの人は手負いの獣のようだった。世の中の全て敵だと思っているような、自分をそんなふうにしたひとりである私を、憎みきれずにどうし

          『苔むした箱庭』