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檸檬

「つまんないね」
私の仕事は商品の陳列を微妙にずらすことである。丁寧に並べられ積み上げられた商品を少しずつずらし、崩壊する寸前のところで手を止める。そして平然と立ち去る。私が店を出る頃に、誰かの体が触れてそれは崩れてしまう。
店員は不快な顔を隠してそれを並べ直す。崩した客は不運そうな顔をして居るだろう。「私の所為ではない、その運命と均衡が悪いのだ。」という風な面構えをしていやがる。そこに流れる瞬間

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「退屈」

昨日と今日と明日は繋がっている。十二時に境目なんて無くて、ぼんやりと続いていく。朝は夜の続きでしかなく、夜もまた。同じ朝を同じ夜を繰り返しているだけで、何も変わらない。そこには違う人が立っていて、温度や湿度が違って、明るさが違う。でもいっしょだ。構成要素が違うだけで、印象は何も変わらない。それに場所の違いってのも無い。旅に出たことがある人ならわかるだろう。身近な場所にあの場所と重なる瞬間があること

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佇む

先月、一人の画家が死んだ。彼女は私の友人でもある。

その夜はとても静かだった。訃報は直ぐに公表されたが、朝に近いその夜はとても静かだった。鳥の囀りが聞こえようとする頃、私は呆然として眠りについたのである。起きると、彼女を取り巻く世間は騒がしくなっていた。

彼女の生涯を横断する大規模な個展が開かれるという。しかし彼女が残した作品の数は決して多いとは言えない。その為、彼女の作品の他に、彼女を尊敬す

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カモの飛び方を知ってる?

 昔、おばあちゃんのお見舞いに行った時のこと。僕は親戚が苦手だからひとりでお見舞いに行った。おばあちゃんはリハビリセンターという所に入院していた。部屋に入るとおばあちゃんは寝ている。知っているよりもずっと小さくなっていた。起こすのは嫌いだから、僕は静かに本を読んでいた。

 ふと視線を感じて本を置くと、おばあちゃんが起きている。

 「あら、どちら様?」

 確かそんなようなことを聞かれた。僕のこ

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濃霧から

夜中の三時という時間には何か「意味」と呼ばれるべきものがある筈だ。私は徐に辞書をひらいた。「夜中」の項を見つける。人差し指でそこからゆっくりとひだりに文字を辿る。「夜中の三時」という項がないことに唖然とする。
先程鳴った鐘の音がまだ脳裏にこびりついていて、それは「こびりつく」という語感の割りに心地良い。布団の中から携帯を手取ると、私は路線情報をひらいた。運行情報を見ると、そこにはいつも乗る電車が載

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便所考

トイレは魅力的だ。家の中でもそこだけが異空間であるかのように、その閉ざされた空間は孤独に寄り添ってくれるだろう。ズッコケ三人組でハカセが愛した空間も確かトイレだった。トイレにいるとき、ハカセは誰よりも集中するのである。

トイレに置かれた白い陶器は無機質な表情をしていて、そこが家でなく公共の場であったとしても器物の羅列は魅力的に映るだろう。場によってはその壁を巡らされた配管が露わにされ、近代的な空

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もやを抜けると

 靄を抜けると、そこには沢山のガイジンさんがいました。幽霊のような人もいれば、妖怪のような人もいました。石も森も太陽も、そこには様々な人々がいました。目が二つとは限らず、口が一つとは限りません。男のような人も、女のような人も、子どものような人も、老人のような人もいました。陶然としてこの世界を見渡していると、近くで赤ちゃんの鳴き声がしました。右を見ると、そこにはまだ生まれたばかりの小さな赤ちゃんがい

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宙飛ぶテキスト

テキストが宙に浮いている。

紙に印刷された言葉が、装丁を伴って本になると、本そのものが一つの筋として、言葉を先導したりする。行間や字体や空白の取り方、紙の質感、重さ、表紙の手触り。それらすべてが文章を後押しするようにそこにある。それに比べてネットにある文章というのは野ざらしだ。大きさは定まらず、空白にはランダムに広告が瞬いたりする。1ページ目の後に2ページ目が来たり、74ページ目の後に75ページ

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世界の終わり

私は大学を無事に卒業して社会人一年目というやつだ。卒業しないことがそんなに無事じゃないことなのか。そりゃ親からしたら100万円とか払うわけだから、ワイキキにもオーロラ見にも行けなくなるわけで大変なんだろうけど、それも無事じゃないってほどのことじゃない。死んじゃったり、心に傷を負ったりしないのだ。まあそんなことはどうでもいい。私が無事に生きて社会人一年目に突入した事には変わりないのだ。社会人っていう

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探偵の思惑

彼はある事件に遭遇していた。
彼は孤独な瞑想の内にその事件の解決を試みるだろう。そしてそれは解決されることを予感している。
事件が起こり、その謎を推進力に物語は進む。語られたすべての複線が一つの点に纏まることで美しい完結が起こる。彼の物語(生命活動とルビを振っても良いだろう。)はそういう仕方でしか動かない。何かの謎を解き明かそうとする、物語が物語故に持つしつこいまでに物語的な性格によってしか、彼の

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感覚器官

見渡す限り人はいない。みんな消えてしまった。死体など見たくないから自然に分解されて塵になるようにした。今吸っているこの空気の中には彼らの肉も含まれているだろう。少し嫌な気持ちになる。しかし元々の世界からして、死者の蓄積のようなものだ。海のにおいは生き物の死んだにおいだ。

世界とは一体何を指していたのだろう。それは広いものなのか。小さいものなのか。私はちっぽけな存在なわけでも、大きな存在なわけでも

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信仰

空に雪が降っている。空に向かって。空に向かって。雪が降り、向こうの空に消えていく。私の目の前に冬が見えている。
それは芒の穂綿だ。見えない風に吹かれて空に向かって降っている。向こうの春を見透かして、冬を呼びつけている。思わず私は立ち止まってしまった。この感動は今までここを行き過ぎた多くの人を待っていたであろう。風景に対する感動というのは、それが只私の前だけにあるような感覚からやってくる。だからそれ

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ベッドタウンブルース

 白壁に薄ら赤い屋根を置いた荘が整然と居る。やけに広い庭には一本の樹が立ち、夕刻の頃になると黒い鳥影がキーキーと騒がしい。

 隣は回収されたアルミ屑の溜りになっている。トラックが出入りしてアルミを野曝しにする。小さい重機がそれを積み上げる。曝すとは太陽の暴力だ。

 浮浪者の金と、はしたがねに変わる金属。鳥影は一円を笑う。

 あの荘には人が住んでいるようだが、まるで生活感が無い。子どもが組んだ

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かみさまのかわりに歌を歌った

「恐竜見たくない?」
友だちがぼくに言った。
「え?」
ぼくが聞きかえすと
「ティラノサウルス」
と答える。
ぼくはこないだ見た映画のことを思い出して
「あれは?」
と言った。
「なに?」
「フタバスズキリュウ」
「なんだっけそれ?」
「ドラえもんの」
「あれか!でもやっぱティラノサウルスじゃない?」
「そうだね。」
「どこで見れるんだろう」
「とりあえず外じゃね?」

パンツをはき替えて、こない

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