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父と姪

半年ぶりに実家に帰った。
春に帰ると田舎では、道端のそこかしこに花が咲いている。
ガーデニングとかそういうのではなくて、蜜が吸えるムラサキのやつ、ブルーのオオイヌノなんとか、黄色い花が咲くクローバーみたいなやつ。
小さい頃からの知り合いのような雑草が小さくつぼみをつけていて、あの頃には気づかなかったけど、春になったら君たちもちゃんと花をつけるのねと、思ったりする。

実家で飼い始めた1歳になるゴールデンレトリバーの女の子は、前回会った時の3倍の大きさで勢いよく駆け寄ってくる。尻尾をブンブン振りながらあたしの袖にじゃれ嚙みをしてくるが、勢いのあまり腕の肉も噛んでくるからとても痛い。
見るものすべてが楽しくてしょうがないようで、大きな目と鼻で地面の石ころを見つけてはくわえて遊ぶもんだから、鼻の黒い部分がどろんこになっていて、腕を噛まれてもしょうがないなあと思える。

犬の散歩をしていると数年ぶりに近所の家族に会った。
あたしが高校の頃に生まれたゆうくんが大学進学のため大阪へ旅立つらしい。出発前に家の前で家族写真を撮っている。
新築だったその家が、少し小さく見えてた。
天気が良くて良かったね、なんてすっかり大きくなった茶髪のゆうくんに話しかけたりした。

家に帰ると中学2年生の姪っ子が来ていた。
小さい頃から遠くに住んでいるあたしの帰りを心待ちにしてくていて、あたしが実家にいる間はついてまわり、一緒にお風呂に入り、布団を並べて寝たり、遅くまで大好きなジブリの話をしたりした。

年に数回しか会えない叔母の帰省は、まだ彼女にとって楽しみの一つであってくれているのだろうか。

中学生にもなると自分の世界を持ち始めるのは確かで、小さい頃のような方言丸出しのひょうきんさはだんだん薄れてきて、あまりしゃべらないし、笑わなくなった。あたしよりもスマホの向こうの友達やショート動画が気になるようで、常にWi-Fiの在処と充電残量を気にしている。

あたしは、
彼女が生まれて、
初めて何を話していいか
わからなくなった

スマホを片手に彼女はあたしと一緒にいることを選んだ。あたしを空港に送ってくれる両親とそれについてきた姪。祖母にあたる母が姪に話しかけても「うん」とか「知らん」とか、尻切れとんぼになるような返答ばかりするのだけど、あたしにもそんな曖昧な返答ばかりで、ずっとスマホを見ているのだから、やるせない空気が静寂を誘う。

次第に車内で流れる心地よいラジオ音楽が眠気を漂う。
運転する父が眠くならないように適度に話しかけながら、なんとなく姪が話せそうな話題を考えているうちに、姪は隣で眠ってしまっていた。

3月で父は仕事を辞め、代々家業である農業に本腰を入れるという。
実家にいる間も朝から畑で苗木を植え、軽トラで農協に肥料を買いに行き、山からタケノコを掘ってきた。

春になると実家では常にタケノコが食卓に並ぶ。あの頃は特段何も思わなかったが、都会のオシャレな蕎麦屋で食べたタケノコの天ぷらが異常に高くて、タケノコって高級食材なのだと初めて知った。

父は長年会社で働きながら、農業をしていた。
会社が休みの日だけではなく、会社終わりでもまだ明るいうちには山へ行き、暗くなるまで働いていた。
どこかに遊びに出かける日でも、その前に1時間でも山へ行き、帰って急いでシャワーを浴び準備をして出かけるのが常だった。

だから、父の爪はいつも土で汚れていた。
手をいくら洗っても、泥土が手に入るとなかなか取れない。
会社員でありながら父は軽トラで出勤し、荷台に肥料やコンテナをのせて、仕事帰りにあたしを学校まで迎えに来ることもあった。
軽トラの助手席に乗っていると、すれ違う友達があたしだと気づくのが嫌で、あたしはいつも携帯の画面を見ていた。

故郷の春はあの頃と変わらない。
川の側に咲く大きな桜の木は今年もたくさん花を咲かせ散っていくだろうし、
タケノコ掘りは相変わらず人間とイノシシの競争だと言う。

あたしは遠くに住んで少し大人になり、父はそれだけ年老いた。
姪はあの頃のあたしのように、大人になる準備をするため、
家族とは違う世界に目くばせをしている。
近所のゆうくんと同じように都会に旅立つことが
最良だと思っているのかもしれない。

それでも、春はやさしくて、寂しくなった。

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