オトナのための文章教室⑩

2月から3ヶ月、毎週・金曜の夜に開催している「オトナのための文章教室」、全12回のうち、もう10回。

とはいえ、最初に申し上げていたんですが、3ヶ月で何かをかたちにしようとは思っていなくて、そんな簡単に終わるとも思っていなくて(「文章修行」自体は何かを書いてゆく限り延々とつづく)、また、「そんなこと言わず、手っ取り早く、“◯◯ごっこ”でいいから何かそれらしい“体験”をしてもらおう」というのは絶対に嫌で、明確なカリキュラムを用意するのも何となく嫌で、参加者自身が(そして私自身が)毎週その場に身を置いて、その場にむけて書いたり、考えたり、調べたり、思い出したり、いろんなことをあーだこーだして、そのときの直感や、書いてゆく中で各々の中に生まれる「力」に素直になれるように、と思っていろいろやってきました。今月で終わりではなくて、また「第2期」を始める予定ですが、とりあえず今月はこのままの調子でつづけます。

10回目は、「謎」をめぐって

4月になって参加者が少し減り、今回は最少の3人参加(参加者が1人でもいればやります、いや、0人でも私がいるから何かやってます)。

ミステリー、謎、ということを考えてみると、人はそれを認知しているが、正体不明だったり意味不明だったり、それが現実かどうかも不明だったり… ということは謎とは「感覚」の産物なんじゃないか。そう分析して、五感(六感)におけるミステリーを、自身の「鬱」体験を交えつつ、書いてくださった方の文章から読んで、語り合い。

あとのお二人が書いてきたのは、すぐにフィクションとわかるもの。

ホテルの受付を舞台にした、ナンセンス劇のようなショートショート(?)と、宇宙空間に現れた謎の生命体を書いたSFの世界。

「謎」を設定してみると、それに引っ張られてことばが出てきますが、読んでいると矛盾にも敏感になる。あれがこうだから、こっちはどうなの? なんて話しながら、頭を働かせました。

「謎」で何か一冊、持ってゆきたいけど何にしようかな? と自宅の本(の山)を眺めていたら、片岡義男『謎の午後を歩く』が目にとまりました。開いてみると、「これはいったいなになのか、と僕は思う。」という一文が目に入ったので、私は今回、「これはいったいなになのか」で短い文章をふたつ(「「声」の探求」と「グレッチェン・パーラトの小さな声」)書きました。

さて、次回は、「私の原風景」です。

最も古い記憶、風景、人、出来事など、記憶の靄(もや)の中を彷徨って、見えてくる光景、聞こえてくる音、etc.を書いてみてください。(わからないことは想像で補って(つくって?)もOK。自由にペンを動かして(キーを叩いて)書いて、ご持参ください。

まとまった文章でなくとも、断片(文章の切れ端)で構いません。パソコンで書いてプリントアウトしたものでも手書きのものでも何でもOK。なお、何も書いてなくても参加はできます。ご興味ある方はこの1回だけでもお気軽に!

※4/27(金)「第1期」最終回のあと、小一時間程度の「打ち上げ」をやろうと思います。参加費500円で、軽く飲んだり(アルコールもノンアルコールもあり)食べたりしながら、いろいろお聞きしつつ、次へつなげる話をしたいと思っています。

これまで参加してくださった方で、都合が悪くて19時からの「教室」には参加できないけど21時からの小一時間だけ行こうかな? と思われる方がいたらそれも遠慮なく。ご連絡ください。

それでは、また!

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アフリカン・スクラップ・ブック

あのアフリカとはあまり関係がない個人的出版レーベル「アフリカキカク」の雑記帳。
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