オリエント

【歴史③】オリエントについて

歴史を学ぶときに犯す一番のミスは、現在の情勢を過去の世界に投影することである。たとえば、過去のヨーロッパを先進地域だと思ったり、中東を後進地域だと思ったりすることである。

 実際は、中東(オリエント)は、メソポタミア文明・エジプト文明という2つもの古代文明発祥の地であり、インダス文明や黄河文明という他の地域の古代文明にも大きな影響を与えている。また、帝国という多民族・多地域を支配する存在を、他の

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オスマン帝国資料館について

ご覧いただきありがとうございます。このアカウントでは、オスマン帝国の資料を無償で公開しております。資料は全て個人蔵なので、悪用されない限りは、著作権等で保護することはありません。保存等はご自由にして頂いて結構です。公開資料は主に、文書、絵葉書、タバコ巻紙、切手・印紙、貨幣、懐中時計になります。

※資料館に寄付をいただいた場合は、資料の購入に使用させていただき、勿論のことですがこちらで公開いたしま

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2.古代エジプトのはなし。

①定住の始まり&エジプトの統一。

 今から約7000年前ー。

 ナイル川の氾濫がエチオピアからの栄養豊富な土を運んできた。ハム系の人々は川の近くで農耕をはじめ、定住した。集落の名はノモス(都市国家)といった。不作の集落は食料を求め、周辺の集落を襲った。繰り返していくうちに、やがておおきな集落が出現した。

ナイル川の上流にあるのが上エジプト。

ナイル川の下流にあるのが下エジプト。

上エジプ

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東西アジアの「フロンティア」を開拓した一族の200年

(ヘッダー写真は、トルコ中部にあるヒッタイト帝国の都「ハットゥシャ」の遺跡)

人類で初めて鉄を製造する技術を獲得したのは、紀元前1200年から1400年ごろに現在のトルコ、アナトリア半島に繁栄したヒッタイト帝国だといわれる。

その定説が、日本の考古学調査の成果で書き換えられる可能性が浮上している。アナトリア中部カマン・カレホユックで長年、発掘を続ける「アナトリア考古学研究所」が分銅型の鉄塊を同

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須恵器・土器を愉しむ【古代オリエント博物館(池袋)、写真撮影がOKに】

「須恵器・土器を愉しむ」では、個人的関心事の須恵器・土師器を中心に「考古・郷土全般」に関する都内および近郊の展示に関する感想・情報を綴っていきます。施設側の情報発信が少なく「どこに何が展示されているのか分からない」ことも多いので、参考にしていただければ幸いです。
 今回は、池袋のサンシャイン60にある「古代オリエント博物館」です。

■地味にすごい展示
 「オリエント」とは、ローマから見た東方、陽

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アケメネス朝ペルシアの宮殿遺跡ペルセポリス(前編)

ペルシア(イラン)の世界遺産といえば、真っ先に思い浮かぶのが古代アケメネス朝ペルシアの首都ペルセポリスです。西はギリシア、東はインドまでの広大なアケメネス朝ペルシア帝国は20の州(サトラピ)から成る古代初の連邦国家で、2500年前も昔のものとは思われない技巧を凝らしたアスファルトを敷いた「王の道」がこの広大な連邦国家を結んでいたことは、世界史の教科書でもお馴染みですね。この広大なアケメネス朝ペルシ

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世界の半分、サファヴィー朝の古都イスファハーン(中編)

イスファハーンで数々のペルシア建築に足を運び、壮麗なドーム型建築やアーチ型の回廊の下に佇んでいる時にふと思い出すのが、子供の頃によく通ったプラネタリウムの大きなドームのこと。プラネタリウムに映し出された星座たちを仰いで見とれているうちに、夜空に飛び込んでしまったような浮遊感に包まれて、たった30分ほどの番組が終わって立ち上がると、足がふらふらしてしまったりしたこととか。繊細なタイル細工が一面に施さ

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世界の半分、サファヴィー朝の古都イスファハーン(前編)

イラン(ペルシア)の見どころとしてたぶん一番と言っていいくらい有名なのは、江戸時代とほぼ同時代に興ったサファヴィー朝ペルシアの首都だったイスファハーン。ヨーロッパから貿易商たちがペルシアの文物を求めて詰めかけ、フランスの旅行家シャルダンも挿絵入りの豪華な旅日記を残し、世界の半分と謳われたサファヴィー朝時代の壮麗な街は、今も当時の美しい面影を残しています。

たとえば、サファヴィー朝の王宮やモスクや

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