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己の人生を追い求める父の人生ゲーム


数年前の冬。
実家に帰った時に、いつもあまりタイミングの合わない兄と私の帰省が重なり、珍しく家族が4人実家に揃うことがあった。


仕事の都合でお正月に休みを取れないこともある兄や、交通費が跳ね上がるため、帰省シーズンをずらして帰ったりする私。
両親は祖父の介護をしていたことなどもあり、ここ数年は各々が忙しい毎日を送っていた。
そんなわけであまり昔のように家族で団らんをするようなタイミングがなかったのだが、偶然が重なり、その年は数年ぶりに4人で落ち着いたお正月を迎えた。

ゆっくり寛いでいればいいものを、久々の平穏と家族の集合に、嬉しくてテンションが上がった母は、なぜか押入れから昔のボードゲームを引っ張り出してきた。

「みんなで人生ゲームやろう!」

子供のようにはしゃぐ母。
めんどくさそうな顔をしながらも、黙ってその場にいる父。
ある程度年を取って、素直に両親を気遣ったり労るようになった兄。
母の突拍子もない提案は、割とスルーされることが多い我が家だが、珍しくこの時は皆黙ってテーブルに座り、いそいそとプラスチックの車やら棒の人間を広げ始める母を、静かに眺めていた。
かくして、程々に人生を刻んだいい大人達の人生ゲームが始まった。



人生ゲームとはその名の通り、止まったマスで起こるイベントをこなし、ゴールまでの様々な人生の選択をしていって、最後に一番お金持ちだった人が勝ちというゲームだ。
そしてその運の強さや選択に、割とその人の性格が現れてなかなか面白い。

母はとにかくなんでもやってみたい為、挑戦的な道を選びたがる。
そして運が良い。出だしからタレントの職をゲットし、さらに後半でタレントから医者に転職するという異色のキャリアチェンジを経て、着々と富を築いていった。勝ち組である。

兄は、ゲームの銀行役を任されながらも、片手間で自分の人生をそれなりに動かし、先生という固めの仕事もゲットして安定の道を進む。

私はというと、序盤で母にタレントの職業を先に取られてなりそこね、フリーター生活の中で子供も授かってしまいヒーヒー言っていたが、後半の職業選択で弁護士になることができて、なかなかいい暮らしぶりになってきた。


そして問題は父である。
父は最初の職業選択ゾーンで、建築家というなかなかいい給料の職業のマスに止まったにも関わらず、なぜか建築家にはならないと言う。
先生兼銀行役兼ゲーム進行係の兄が心配して聞く。

「残ってる職業の中では建築家結構良い方だよ?この後、先に取られちゃてる職業に止まったり、職業選択ゾーンを通り過ぎたらフリーターになっちゃうけど。」

「いいです。サラリーマンがいいので。」

父は何を言っているのだろうか。
サラリーマンは職業カードの中でも一番安月給である。
しかもサラリーマンのマスに止まるために、建築家を蹴って最悪フリーターの道を行くという。
全く意味はわからないが、良いというのでそのまま進めることにする。


母が人生を謳歌し、私と兄も着々とそれなりの人生を歩む中、サラリーマンになりたいフリーターの父は苦しい人生を歩んでいた。
しかもその間子供を2人授かり、生まれた子を心配してか各種保険は欠かさず入るため、ジリ貧の状態が続く。
そしてなんと、すでに子供が2人いる中さらに双子まで誕生する。
子沢山貧乏家族である。
父は再び口を開いた。


「うーん。子供は2人だけでいいんだけどなぁ。」

みんなからお祝い金を受け取りながら、またしても訳のわからないことをボヤく父。たまらず兄が笑いながらツッコミを入れる。

「いや、人生ゲームって自分の人生をなぞるゲームじゃないからね。」


そう、彼はこのゲームに、自分の人生を投影していたのだ。
言われてみると車には、青とピンクの棒人間が2人ずつ乗っている。
彼にとって、これは自分と母、兄と私だったのだ。
だから父は、公務員というカードがなかったため、一番近いと思ったのかサラリーマンになりたがっていたのだ。
そんな人生ゲームの仕方があるだろうか。
不服をもらしながらも、新しく双子を車に差し込む父。

結局、2回目の職業選択のゾーンでも父はサラリーマンにはなれなかった。
しまいには借金まみれの中、自分の人生になるべく近しくなるように購入したであろう一軒家も、母が止まった「隣の人と家を交換」というマスで、現実世界では配偶者である妻に、家を乗っ取られてしまった。
家なし子沢山フリーターとなった父の人生は、当然ながら最下位で幕を閉じた。優勝はもちろん母である。


「ふむ。ほんとの人生の方が上手くいってますな、今のところ。」


父はそんなことを呟きながら、淡々とゲームをしまい始める。
勝者の母は、ヒートアップし「次はこれやろうよ!」と別のゲームを持ってきたが、拗ねたのか飽きたのか、父はそれには付き合わなかった。


こんな調子の2人が一緒に人生を歩んでいるなんて、人生ゲームの数奇な道のりよりも、私からしたらよっぽど不思議である。
私は、父がこの先若い女の子と浮気でもして、子供ができてしまい(双子)、母に家から追い出されるなんてことが起こらないことを願った。

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