【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 中編 15
豊璋王が鬼室福信を処刑したという報は、すぐさま新羅の王宮に齎された。
福信は、ここまで一人で百済復興を指揮し、幾度となく新羅軍を降してきた名将である。
それがいま、百済自らその名将を葬ってしまったのである。
目上のたんこぶがなくなったいま、これは新羅にとって好機であった。
新羅の文武王は、この機会を見逃さなかった。
8月13日、同じく軍事行動を開始した唐軍に呼応するため、文武王は金庾信ら28名の将軍と兵を派遣した。
唐軍も、これが最終局面と見て、孫仁師(そんじんし)・劉仁願(りゅうじんがん)の二将軍が陸路を取って周留城に進軍を開始し、そして、劉仁軌(りゅうじんき)・杜爽(ずそう)の二将軍が白村江を封鎖するために、軍船170艘を率いて出航した。
陸路と水路の両面から周留城を包囲するという挟撃作戦である。
「これは、まずいことになりましたな、先手を取られましたぞ。速やかに討って出なければ」
河邊百枝は、足早に前を行く安曇比羅夫に話し掛けた。
「分かっておる! そのために、いまから王と相談するのだ」
「しかし、王が簡単に腰を上げますかね?」
「その時は、最終手段に打って出る」
「はあ?」
2人は御座所に入った。
そこには、百済の旧臣が数人いた。
「王は、どちらへ?」
「はあ? 王なら、倭国の増援軍が来たというので、白江に迎えに行かれたのではないのですか? 我々には、ここに残り事後策を計るようと言われて出て行かれましたから」
「誰が増援の話など? 未だ新羅の南にいるのですぞ」
「しかし、徳殿が王に上申なさいましたが……」
比羅夫は、すぐさま門に駆けつけた。
門には、2人の倭兵が警護に就いている。
「お前たち、ここを王が通らなかったか?」
大将軍に話し掛けられた兵士たちは、びっくりして腰を上げた。
「はい、王は、この夕刻に」
「誰が、そんな許可を出したのだ?」
百枝は、2人を怒鳴りつけた。
「いえ、安曇大将軍から許可は出ていると仰られますので……」
まさか、こんな事態になろうとは………………比羅夫は天を仰いだ。
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