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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第二章「槻の木の下で」 後編 12

 金堂内の掃除が終わり、弟成を帰そうと思った矢先、彼らは2人の僧侶に見つかってしまった。

「なぜ、ここに奴の子供がいるのですか?」

 厳しい顔つきの僧侶が、若い僧侶たちを突き詰めた。

 弟成は、この言葉に三輪文屋の屋敷での一幕を思い出していた。

 —— 嫌な気分だ!

 若い僧侶たちは、厳しく追及されている。

 掃除のためだと言っても、奴婢を寺内に入れた罪は重いと言って、厳しい顔つきの僧侶は聞いてはくれなかった。

 しかし、

「もう良いではないか、明師(みょうし)」

 と言って、間に入ったのは、もう一人の年老いた僧侶だった。

「しかし、入師(にゅうし)様、奴婢を寺の中に入れたとなりますと……」

 明師と呼ばれた僧侶は反論した。

 だが、入師と呼ばれた僧侶は、

「奴婢であろうが、大王であろうが、仏の前では関係はない」

 と、明師の反論を遮った。

「名前は何と申す?」

 入師は、弟成の顔をじっと見つめて訊いた。

「お、弟成です」

 彼は、すぐさま答えた。

 彼には罰を受けるという恐怖心はなかった。

 入師の顔は、それだけ弟成を安心させた。

「弟成か……、お前の顔を見ていると、むかし、お前のようにここに出入りしていた奴のことを思い出すの。お前よりは、もう少し年を取っておったが」

 入師は、金色の前に進み出ると、弟成を招き寄せた。

 明師や若い僧侶たちは、顔を見合わせた。

「弟成、このお方はどなたか分かるかな?」

「大王様ですか?」

 弟成は、物怖じせず答えた。

 入師は大声で笑った —— 笑い声が金堂に木霊する。

「大王か、なるほどな。しかし、このお方は大王ではない、お釈迦様だ」

「お釈迦様?」

「そう、お釈迦様だ。全ての真理を知るお方だ」

「真理……?」

 弟成は首を傾げた。

「そう、真理だ。とい言っても分からんだろうな。簡単に言えば、正しい道だ」

「正しい道……」

 弟成は、満点の星空の下のことを思い出した。

「正しい道とは……、ここにあるものですか?」

 弟成は胸に手を当てた。

「お前、それをどこで知った?」

「兄ちゃんに教えてもらいました」

「兄に……」

 入師は、弟成の顔をじっくりと見た。

「そうか、思い出したぞ、三成だ! お前と同じ奴であった三成だ。そうか、お前は三成の弟か。三成は元気か?」

「兄ちゃんは……、死にました……」

「……そうか」

「入師様、そろそろ」

 明師が彼を促した。

 入師は表に出ようとしたが、振り返ると弟成の顔を再び見た。

「弟成、いつでもここへ来て良いぞ」

 弟成は驚いた。

 それ以上に驚いていたのが、その場にいた僧侶たちであった。

「入師様、それは如何なものかと思いますが」

「私が、良いと言っているのだ」

 彼は、もう一度弟成を見て、表に出て行った。

 弟成には、入師の顔と三成の顔が重なって見えた。

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