見出し画像

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 17

 天井の木目の数は21個で、壁の木目が56個、そして、床の木目が………………

間人大王は、何処にどんな木目が、どれほどあるのかを全部覚えてしまった。

それだけでは飽き足らず、その木目に名前まで付けてしまった。

―― あれは、お母様の目に似ているから宝皇

あれは、お父様に似ているから田村皇子

あれは大海人皇子で、あれが軽皇子(かるのみこ)

そして、あれが………………

寝台の真上にある木目は、優しく間人大王を見下ろしていた ―― その木目は、有間皇子と名付けられていた。

彼女は、毎日その木目に話しかけていた。

朝起きれば、おはよう。

寝る時には、お休みなさい。

昼間は、取り留めないことをずっと話している。

その姿は、端から見ると少々不気味である。

采女たちは口々に噂した ―― 間人大王は、ご乱心遊ばされたのだ、と。

だが、彼女は狂っていない。

彼女の目には、確かに有間皇子のあの優しい目が見えている。

―― どうして見えないの?

狂っているのは、あなたたちではないの?

間人大王は、そう言いたかった。

 立ち上がるのも億劫だった。

日に日に力が萎えてくる。

最近では、舌に違和感があって、喋ることも間々ならない。

なぜだろう、嫌いな薬も我慢して飲んでいるのに……………なぜ良くならないのだろう?

彼女は薬瓶を見た。

―― まさか、毒が入っているってことはないわよね?

部屋に籠もりっきりになると、物事に対して懐疑的になりがちである。

―― でも良いわ、毎日のように有間様に合えるのだから。

彼女は、再び有間皇子の木目を見つめた。

―― そうよね、有間様………………

彼女にとって、それが至福の時だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?