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『瞬く命たちへ』<第4話>それぞれの二人暮らしスタート

 ひょんなことからタイムスリップし、へその緒の化身であるナオリンという女の子と同棲することになった俺は、その日初めてこれから二人で暮らすことになる部屋に足を踏み入れた。
「うぁ…やっぱり狭いね…。魔法でもっと広くしてよ、ナオリン。」
一人暮らしなら我慢できる広さだったけれど、二人で暮らすには手狭な感じの部屋だった。
「さっきは魔法でどうにでもなるって言ったけど…でもねぇ、命の使いに与えられた魔力はやみくもに使えないことになってるのよね。」
「えっ?そうなの?さっきと話が全然違うんだけど…じゃあ防音にもできないってこと?」
「ごめんねー瞬音。瞬音のために好きなだけ魔法使えたらいいんだけど、いろいろ掟もあってね…。」
「掟?命の使いってそんなに堅苦しいものなの?」
話をしている最中、おもむろにナオリンは俺の手を取り、ベッドに誘った。
「って、ちょっと、ベッド…ひとつしかないんだけど?狭いならせめて二段ベッドにするとか、俺は床に布団敷くとかどうにでもなるんだけど。」
「もー分かってないなぁ、瞬音は。そもそも私たちは恋人ごっこしてるんだから、ベッドはひとつで十分じゃない?」
俺の戸惑いをよそにナオリンは抱きつくとベッドに押し倒した。
「ちょ、ちょっと…何、考えてるんだよ…。さっきの話の続きは…?」
ナオリンは俺の言葉を無視するように、上にまたがると顔を近づけて、俺の唇に口づけをした。
「何するんだよ、やめろって。」
密室のベッドの上でふいにキスなんてされたら抑えられなくなってしまうと思った俺は、ナオリンを思い切り拒絶した。
「公衆の面前ではできないとか言ってたから、続きをしようとしただけなのに。」
「そっちの続きはいいから、話の続きをしてよ。」
俺はどうにか自分を抑えて、ナオリンと冷静に話をしようとした。
「だからその話の続きとも関係あるから、キスの続きをしようと思ってたの。」
ナオリンは少しふてくされたような顔をしていた。
「何それ?全然、意味分かんないんだけど…。」
「じゃあ…手つなぎながら、横になるくらいならいいでしょ?」
「えっ?うん、まぁ…それくらいならいいかな…。」
ナオリンは俺の手を握りながら、命の使いの掟について話してくれた。
「命の使いに与えられた魔法はね、どうしても必要な時しか使ってはいけないの。例えば、へその緒の主の…瞬音の命が危ないとか、それから主との関係を維持するために必要なことなら許されているの。いつでも魔法自体は使えるけど、それほど必要ない時にばかり使っていると、魔力は弱められてしまうのよね。特に一番使ってはいけないのは、主以外の人の命を救ったり奪ったりすることにつながる魔法。寿命で命が決まっている他者の命を勝手に魔法で消したり、伸ばしたりはしてはいけないことになってるの。」
「ふーん。そういうものなのか…てか主の命なら救うこともできるけど、奪うこともできるんだね。それはある意味、ちょっと怖いな。俺は、ナオリンから命を狙われる可能性もあるってことか。」
「そこは安心して。主が心底消えたいとか思わない限り、命を奪う魔法は使えないことになってるから。あくまで命は主の意思次第なのよ。」
手だけ握っていたはずのナオリンの身体が少しずつ俺に近寄ってきている感じがして、重い話をしているはずなのに、ドキドキし始めていた。
「あーだから、結椛ちゃんの場合は命汰朗があんな風になってるのか…。自分たちの存在を消すことに躍起になってるというか…。」
「そうよ。命汰朗はいずれ、命を救う方じゃなくて、奪う方に魔力を使うのかもしれないわね…。何しろ、へその緒の化身と主は一心同体だから…。」
ナオリンは俺の身体にぴたっとくっつくと、俺の下腹部を触り始めた。
「ちょ、ちょっと、朝から思ってたんだけど、命の使いってやけにエロくない?ナオリンといい、命汰朗といい…。なんでそんなにベタベタしてくるわけ?」
「あら、だって仕方ないじゃない。命ってそもそも多少なりとも二人のエッチな気持ちが共鳴し合って完成するものだから、へその緒の化身の命の使いはエロスの化身とも言えるだろうし?それに元々主とはつながっていたわけだから、主の身体が恋しくなるのは当然じゃないかしら…。」
ベッドの上でナオリンにくっつかれて触られていた俺の下半身はもはや、はちきれそうになっていた。
「仕方ないことだとしても、こっちは困るよ。べたべたするの、やめてくれないかな…。我慢にも限度っていうものがあるよ。」
「瞬音ってほんとウブよね。この程度でギブアップするなんて。別に裸で抱き合ってるわけでもないんだからいいじゃない。それにね…もう一つ、絶対破ってはいけない掟があるから、安心して。」
ナオリンは俺の身体から離れることなく、寂しそうにつぶやいた。
「破ってはいけない掟?」
「主とは新たな命を作る行為をしてはいけないことになってるの。つまり性交は禁止ってことね。それを破ったら、命の使いは神さまによって即、存在を消されてしまうの。これがほんとにつらいのよ。愛する人と交われないなんてね…。」
「そうなんだ…。それなら少しは安心…かな…。」
掟を知って内心ほっとしたけれど、なぜか一抹の寂しさも覚えた気がした。
「でもね、子どもを作るようなことさえしなければ、その前の段階までなら、許されているの。だから瞬音さえOKしてくれたら、裸で抱き合うことくらいはできるのよ。私が瞬音の身体の節々を触ることはできるのよ…。」
そう言うと俺の身体にしがみつき、慣れた手つきで身体をべたべた触り始めた。
「性交できないのは安心したけど、そうやって勝手に触るのもやめてよ。ナオリンと一緒にいるとドキドキしっぱなしで、全然落ち着かないんだけど…。」
「胎児の頃みたいにもう二度とひとつにはなれない運命なんだから、触ることくらい大目に見てよね。そのドキドキ感がいいんじゃない。瞬音のお父さんとお母さんを刺激するためには、まずは私たちがドキドキしなきゃ。」
まるで俺の身体は自分のものと言わんばかりに、ナオリンは俺から全然離れようとはしてくれなかった。襲われる心配はなくなったけれど、女の子に触れられて身体は勝手に反応してしまうから、まるでヘビの生殺しというか、これから下の処理をどうすればいいんだと困惑していた。
「それは心配しないでね。瞬音さえ良ければ、私が口とか手でしてあげてもいいし…。」
「あのさ…ナオリン、また俺の心の中、勝手に読まないでくれる?」
ナオリンに振り回されてドキドキしていた時、隣の部屋から甘い声が漏れてきた。
「あっ…そこ、だめ。やめてもっと丁寧にして…。」
「結椛…すごく、いいよ…。俺、こういうの、すげー興奮する。」
明らかにイチャついてるような会話が聞こえた気がした。
「ねぇ…ナオリン、さっきの掟って、命の使い共通の掟なんだよね?つまり命汰朗も結椛ちゃんに手は出せないってことだよね?」
「えぇ、そうね。例外なく、共通の掟よ。主と命を作る行為、つまり性交は禁止されてるから、安心したら?たとえ自分を消したいと思ってる命汰朗でも、主の結椛ちゃんの願いを叶える前に自分が消えてしまうような行為はしないはずだから。命の使いにとっては主の気持ちが一番だから。」
ナオリンから二人が性交するはずはないと教えられて安心したものの、隣の部屋の声が気になって仕方なくなった。
「ねぇ、やっぱり、魔法で防音にしてくれない?主との関係を保つためならいいんでしょ?結椛ちゃんのあんな声ばかり聞こえてきたら、とても健全な暮らしはできないよ。」
「うーん。これくらい慣れなきゃ。嫉妬心も恋にはつきものじゃない?それに今は一緒にいられても、命汰朗と結椛ちゃんは絶対に結ばれない運命なんだから、いずれ瞬音にもチャンスやって来るから大丈夫。」
ナオリンはあっけらかんとした態度で言うと、口封じするようにまた俺の唇を奪った。
 
 同じ頃、瞬音とナオリンが暮らす部屋の隣に住む結椛と命汰朗はあやしげな行為を繰り返していた。
「あっ…そこ、だめ。やめてもっと丁寧にして…。」
「結椛…すごく、いいよ…。俺、こういうの、すげー興奮する。」
身体を寄せ合いながら、二人は机に向かって、昆虫の標本作りに励んでいた。
「だから、もっと丁寧に扱ってって言ってるでしょ?あーぁ、羽が取れちゃったじゃない。」
「ごめん、ごめん。なんか手荒に扱いたくなるっていうか…。ほら俺は何でも存在を否定したくなるタイプだからさ。でも結椛はなんで虫の標本とかドライフラワーばかり集めてるわけ?結椛だって命には否定的じゃん?」
二人は蝶の亡骸をピンセットで掴みながら、話していた。
「私の気持ちは何でも聞かなくても分かるんじゃなかったっけ?」
「そうだけど…一応、確認しておきたくなったの。結椛の口から聞きたくなった。」
結椛は手を止めて話し始めた。
「子どもの頃はね…命汰朗と同じように、誰もいないところでは虫の羽や脚をむしって遊んだりしていたの。友だちと一緒の時は絶対そういうことしなかったけど。誰に教えられたわけでもなく、なぜか虫や花を殺していたのよね…。」
「まだ命は大事だとかすり込まれる前の幼少期ってそういうことよくあるよ。別に悪気はなかったんじゃない。」
「そうかもしれないけど…私は物事の良し悪しが分かる年齢になっても、それをやめられなかったの。自分がおぞましい人間のような気がして、怖くなった。」
「そもそも物事の良し悪しなんて、人間が決めることだからね。命は大事だからなるべく長生きしなきゃいけない、殺してはいけないって概念に囚われると生きづらくなる人もいるのにさ。ほんとはさ、命なんて大事にしなくていいよ、いつ自殺してもいいよ、くらいゆるいこと言ってくれる人がいてもいいと思うんだ。その方が救われる。」
命汰朗は机に置き去りにされていた結椛の手の上に自分の手をやさしく重ねながら言った。
「そんなことを言ってくれる人はいなかったから…。私は自分の行いを正当化するように、虫や花を殺す代わりに、その亡骸をコレクションするようになったの。なるべくきれいな状態で殺して、亡骸を丁寧に扱って、殺した命を自分のものにしたの。虫や花はどんなにがんばっても、私に摘まれないとしても長生きはできないもの。ならせめて息の根を止めた者として、なるべく永久的にその命を残したいと思うのかもしれない。」
「へぇーそうだったんだ。結椛は存在や命を否定しているわりに、短命な存在を永久的に残したいとも考えているんだ。」
「私、おかしいよね。矛盾してるでしょ?」
「別に、おかしくないよ。俺だって自分なんて存在しなきゃ良かったと思ってるし、何なら必ず存在しなきゃいけない命なんてないとも思ってるから、いつだれが消えようと、命を奪われようとどうでもいいって思うんだけど、なぜか結椛のことだけは幸せにしてから消してあげたいって考えたりしてしまうし…。少なくとも俺という存在よりは、この世に残ってほしいとも思ってる。」
命汰朗は結椛の手の甲にキスしながら言った。
「ちょ、ちょっと…真面目に話してるのに、なんでいつも結局こういうことするわけ?」
「なんでかなぁ。結椛が標本作りするのと同じかもよ。俺は結椛を自分のものにしたいのかもね。どうせお互い、長くない命だし、それなら今くらいつながっていたいというか…。結椛の中に入れないのは本当に寂しいよ。すぐ消えてもいいって思えたら、結椛が嫌がったとしても、入れちゃうかもしれないけど、今はまだやるべきことがあるから、消えられないし。」
「命の使いって…命汰朗も七緒鈴さんもちょっとエッチよね。へその緒の化身ってみんなこんな感じなの?あなたと二人暮らしなんて、身がもたないんだけど。」
結椛は命汰朗から少し身体を避けて言った。
「別に命の使いに限らず、人間だって命を作ろうとする時はエッチになるものでしょ?それにへその緒の化身は、主と密着していた時期が一番幸せと思えるから、どうしても主とはくっつきたくなるんだよね…。触れると幸せを感じてしまうから。二度と戻れないあの幸せの余韻に浸りたいんだよ。」
「ふーん、そういうものなのね。へその緒の化身が主とつながっていた時期に幸せを感じるなら、本当は主も母体とつながっていた時期に喜びを感じるものなのかもしれないわね。私にはそれがないから、ママと自分がつながらないようにしようとしているわけだけど…。」
「特に胎生の生き物の場合、母親は父親以上に特別な存在だからね。つながっていた時期に喜びを感じなくても、それが憎しみだとしても、強い思いには違いない…。愛憎とはよく言ったものだよね。俺たちはたぶん、嫌いな母親を愛してしまっているから、憎んでもいるんだと思う。」
「愛憎か…そうかも。私もずっとママのことが嫌いなばかりじゃなかったし。愛してた時期もあったと思う。」
いつの間にか命汰朗はまた結椛に寄り添い、囁くようにつぶやいた。
「結椛はさ、ママのことも虫や花のことも愛してるんだよ、きっと。俺たちはすべての存在を愛したり憎んだりしながら、生きてるのかもね。重い話はこれくらいにして…ベッドで愛し合わない?中には入れられなくても、結椛に触れて慰めてあげることはできるからさ。」
「だから、そういうことは望んでないから。結局いつも最後はそういうことに持ち込もうとするんだから。せっかく命汰朗のこと、少しは見直してたのに。」
落ち着いて寝られそうにない、もう後戻りできない命汰朗との暮らしが始まってしまったと結椛は作りかけの標本を見つめながら、げんなりしていた。

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