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恩人

 1924年3月7日。
 この日、日本の現代文学を代表する作家・安部公房が生まれた。2024年で、100周年を迎える。

 安部公房は、活字嫌いだった10代の私に、「あれ、もしかして、小説っておもしろい?」と気づかせたくれた恩人の一人である。
 安部作品の初読は、学校の教科書に掲載されていた「鞄」という短篇。現代文の授業を控えた休み時間に、なんとなしに読み始めたら、一気に作品世界に引き摺り込まれた。
 現代文の授業が始まっても、しばらくは「鞄」を繰り返し読み続けた。「私は嫌になるほど自由だった。」という文末までいくと、また冒頭の「雨の中を濡れてきて……」に戻る。
 なぜここまで魅了されるのだろう。その理由を、本を読まない学生ながら、必死に作品の中に探し求めた。

 安部公房の著作からお勧めのものを一冊、と請われたら、私は『笑う月』(新潮文庫)を推薦したい。
 本書は、私が初めて手に取った安部の著作で、思い出深い。冒頭で取り上げた「鞄」も収録されている。

 『笑う月』の中に「公然の秘密」という作品がある。本作ほど、ここ一、二年で私の中の評価が急上昇した作品はない。簡単にあらすじを紹介したい。

 とある町に、地面を掘って造られた、泥で覆われた水路がある。その水路に何かがいることを町の人々は知っていたが、各々に気づいていないふりをして生活している。
 ある時、泥の中から体の節々が腐った仔象が現れる。それを目にした町の人々は「気づいていないふり」をし続けることが困難になり、動揺する。
 様子から空腹状態であることが明らかな仔象に向かって、人々はマッチ箱やガス・ライターを投げつける。それを無邪気に食べ続ける象。そして……。

 頑張って書いてみたが、「……よう分からん」、そんな人もいるだろう、仕方ない。というか短篇なので、読んでもらうのが手っ取り早いと思う。
 本作はざっくり言えば、公然の秘密が白日の下に晒されたときの人々の言動を描いているわけだが、私が注目したいのは次のやりとりである。

「「あそこに象がいることは、誰もが知っていた。いわば公然の秘密でしたね。しかし、いないも同然だと信じていたからこそ、許せもしたんだ。」
 「いるはずのないものが、いたって、いないも同然でしょう。」
 「しかし、存在しないものは、存在すべきじゃない。」
 「腐りきるまで、あの中でじっと待っていてくれりゃよかったのに……」」
安部公房『笑う月』新潮文庫、P143)

 これと似たようなやりとりを、私はここ一、二年でいくつも目にしてきた。
 ある人物・団体の社会的問題が明らかにされた際、「こんなこと、昔からみんな知ってたよ」「今更、って感じ」という言葉が、驚くほど飛び交った。

 自分が知ってることを示し、この分野に自身が無知でないことをアピールしつつ、「みんな知ってた」という点を強調することで、特定の人間(例えば、自分)に責任が集中しないよう、所在を曖昧にする。
 公然の秘密をめぐる発言には、人間の底知れぬ姑息さ・いやらしさが充溢しているが、それをわずか9ページの短篇で表現した「公然の秘密」は、まさに傑作だと言える。

 安部公房の『笑う月』。未読の方は、ぜひ手に取ってみていただきたい。



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