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雑学

 小学校の同級生に、みんなから「雑学王」と呼ばれている友人がいた。
 今の感覚だとダサい感じがするが、少なくとも当時の私は、彼を羨望の眼差しで見ていた。
 「雑学」が意味していたのは何だろう。学校の教科書に載っていないこと、という説明が一番しっくりくるかもしれない。教科書の内容を頭に入れることさえ億劫だった人間にとって、教科書外のことを豊富に知っているというのは、それだけで尊敬に値した。

 ある時、雑学王の住んでいるマンションに遊びに行ったことがある。
 彼の部屋に案内されて、まず驚いたのは、壁を覆う本棚とそこに並ぶ本の数。本に全く関心がない人間でも、「すげえ」と感動したほどだ。
 「雑学王」の称号に相応しい部屋だと一人納得して、「ここにある本、全部読んでるの?」と質問する。雑学王は「全部は読めないよー」と答えながら、棚から本を数冊引き抜いて、私に見せてくれた。

「チャップリンの初舞台は、五歳の時。歌手である母が、ステージの上で急に声がおかしくなった。そこで、その代役として、みなの知っている歌をうたった。
 コインが投げられ、歌はそっちのけで拾いはじめると、大笑いとなった。これが無数のファンを持つチャップリン喜劇のスタートである。」
星新一編訳『アシモフの雑学コレクション』新潮文庫、P192)

 引用した雑学は、実際に教室で披露されていたものだったので、「これがネタ元かー」と深く記憶に刻まれた。それもあって、雑学王が見せてくれた数冊の本のうち、今でもタイトルを覚えているのは、『アシモフの雑学コレクション』のみとなっている。

 「面白いから、読んでみて!」と強く勧められたものの、結局実際に手に取ったのは、大学生になってからだった。遅い、遅すぎる。

「新しい知識を得るというのは、楽しいことだ。テレビの番組にクイズが多いのも、そのためだ。テレビ出現前のラジオの時代でも、そうだった。さらに昔、雑誌には豆知識という名称で、そんな内容のコラムがあったものだ。
 娯楽のひとつの形式といえよう。学問へのきっかけとなるかどうかは、別問題。気に入ったものを五つほどおぼえ、友人との会話に持ち出せたら、立派なものである。心の底での、科学や歴史への抵抗感が薄れれば、それもけっこうなことだ。」
星新一編訳『アシモフの雑学コレクション』新潮文庫、P312)

 引いたのは、アシモフ雑学本に収録された、星新一の「驚く楽しみ」という文章の一節。
 ここで書かれていることを、まさに雑学王は実践していたと言える。彼と同じように、「実はね……」と雑学を披露できる友人になれなかったことが、悔やまれてならない。



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