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画一的

 深夜一時。ベッドから天井を見つめていると、集合住宅の他の部屋の住人は、この時間何をしているのだろう、と想像を巡らすことがある。
 この想像がしやすかったのは、私が京都一年目に住んだ、安アパート。そこの住人は、当時の私と同じ学部生ばかりで、醸し出すオーラも似ていた。ある日、友人がうちに遊びに来たとき、誤って別の部屋の住人に声を掛けてしまったぐらいである。

 今住んでいる集合住宅では、さすがにそんなことは起こらない。単身者もいれば、カップル、三人家族も住んでいる。労働形態も一様でなく、夜勤を終えて朝方帰ってくる住人と、「おはようございます」と挨拶を交わすことが、時々ある。

 何十とある部屋のどれをとっても、自分と同じような人間が住んでいる。この状況を俯瞰したとき、その画一性に気持ち悪さを覚える人もいるだろう。
 それを巧みに物語化した作品がある。作家・山川方夫の「お守り」だ。
 本作は、「君、ダイナマイトは要らないかね?」という、不穏な言葉から始まる。これを発したのは関口二郎という男で、妻と二人で念願だった団地アパートに住んでいる会社員だ。
 ある日、宴会帰りで遅くなった関口は、自分と似たような背格好をした男を、団地内で目撃する。こっそりついて行くと、こともあろうに、自分の住むE-305号室の部屋に入っていくではないか。応対した妻にも戸惑いの色が見えなかったので、これはもしや妻の愛人かと疑う。
 混乱する頭を抱えながら、おそるおそる部屋へと向かう関口。それに応じて悲鳴をあげる妻。中にいる男の名は、黒瀬次郎といった……。

「団地のアパートだもの、みんなが同一の規格の部屋に住んでいるのはわかっている。が、ぼくは思ったんだ。知らぬうちに、ぼくらは生活まで規格化されているんじゃないだろうか、と。
 君は、団地の生活というのを知ってる? たしかにおそろしく画一的なものさ。団地の人びとは、入る資格、必要からいっても生活はだいたい同じ程度だし、年齢層もほぼ一定している。だが、そういう、いわば外括的なことではなく、もっと芯のほうにまで画一化が及んでくる、ぼくはそういう気がしてきたんだ。」
山川方夫『夏の葬列』集英社文庫、P37〜38)

 ことの真相としては、黒瀬が単に入る号室を間違えた(彼の部屋は、D-305号室)ということなのだが、「そうか、それなら一安心」というわけにはいかない。関口はこの現実を深刻に受け止めて、「同一の規格」の外に出るため、苦闘する。その結果見出されたのが、本作の冒頭に口にされた「ダイナマイト」だった。

 関口は友人に向かって「君、ダイナマイトは要らないかね?」と問いかけている。つまり、彼はダイナマイトを手放そうとしているわけだが、それはなぜなのか。
 ぜひ実際に「お守り」を読んで、確認してみてほしい。



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