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イアン・ボノート監督『マックイーン モードの反逆児』

 赤色ではなく、血の色を用いる人。

 白色ではなく、骨の色を用いる人。

 自分の命を削って、あの美しい世界を創造した人。

 わたしはアレキサンダー・マックイーンにそういう印象を持っています。

 生前のコレクションの映像や写真を観る度に、今も圧倒されます。

 この世の者がこんなデザインを生み出せるのだろうか…? とゾッとするほど美しい作品ばかりで。

 「僕のショーは全て私的なものだよ」

 と生前彼が語った通り、一着一着から彼の感情が伝わってくる気がします。

 まるで、彼の心臓で染めた糸で、彼の骨で織った布で、あのオートクチュールが生み出されたかのよう。

 痛々しく、毒々しく、時に悲鳴まで感じさせながらも、人の心を釘付けにして離さない。

 天才デザイナーとは、そういうものなのでしょうね。

 けれど、このドキュメンタリーを観ていたら、彼もまた生身の人間だったのだ…と気づかされました。

 ジョークで周りの人たちを笑わせたり、成功を掴んで興奮したり、傷つき、疑い、悲しみ、打ちのめされたりする…。

 そんな、一人の人間としての姿もこのドキュメンタリーには描かれています。

 若者らしくはしゃぐ姿は、観ているだけでも楽しいです。

 けれど、このドキュメンタリーが終わりに近づくにつれ、観るのがどんどん辛くなっていきます。

 結末を知るのが怖くて…。

 …彼が自殺したというニュースが世界中を駆け巡った当時のことを、わたしは今もよく覚えています。

 あれほどまでに才能を持ち、あんなにも有名になり、名声を得ても、人は自ら死を選ぶほど追い詰められるものなのか…とわたしは大変ショックを受けました。

 イザベラ・ブロウという特別な存在を失って打ちひしがれながらも、また働いて…。

 仕事が成功すればするほど達成感を得るものの、仕事が終われば凄まじい絶望感と疲労感に苛まれて、また働いて働いて…。

 働いて働いて働いて…。

 心は壊れてゆく。

 それでも、きっとファッションが彼をこの世に繋ぎ止めてくれていたのでしょう。

 しかし、やがて、

 「みんなは家に帰れば仕事から離れられるけど僕はそうじゃないんだ」

 と哀しい目で言い…。

 大好きな母まで亡くし…。

 きっと、常人にはその存在に気付くことも出来ないような精神の深淵を、彼は見つめていたのでしょうね。

 それでも彼の作品はどれも美しいから、余計に彼の死が悲しいです…。

  世の中には「自殺は地獄行き」なんて言葉が存在していますが、彼ならば、もしかしたら地獄でも悪魔たちを顧客にして、地獄でしか手に入らない素材を使い、素晴らしいドレスを縫っているかもしれません。

 …しかし、もし自殺した時の最悪の気分のままで永遠に地獄で苦しむのだとしたら…?

 誰にどう祈ればこの祈りが届くのかわたしには分からないけれど、彼が少しでも救われて、少しでも彼の魂が安らぐように祈りたいです。

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