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[怪談]迷子案内

これは中国地方に住むYさんという女性が小学校低学年の時に体験したお話。
その日Yさんはお父さんと一緒に郊外のショッピングモールへ買い物に出かけていた。
地方都市の幹線道路沿いに立地するそのショッピングモールは大手系列で、広大な店内の中にいくつもの商店が入っていた。
Yさんとお父さんはいくつかの店舗を巡り衣服や家電、雑貨などを買い求めると休憩の為フードコートへと立ち寄った。
お父さんから何が食べたいかと聞かれたYさんは嬉々として「ハンバーガーのお店にする」と答えた。
店舗で注文を澄まし、リモートの呼び出しベルを渡される。席についてしばらくすると呼び出しのベルが鳴ったのでお父さんは食べ物を受け取りに席を立つ。
一人席に残されたYさん、お絵描き好きだったYさんは食後に立ち寄る予定の文具店でどんな色鉛筆を買ってもらおうか思いめぐらせていた。
色鉛筆のほかにもラメの入ったボールペンもいいな・・・
そんなことを考えながらふと思う、父がなかなか戻ってこないのだ。
時間にしてもう10分にはなるだろうか・・・

フードコートはさして広くはなく食事を食べるスペースを中心として、その周りをいくつかの飲食店のカウンターが覆い囲む見通しの良い造り。
父はどこにいるだろう、周囲を見回し父を探すが目当てのハンバーガー店の前あたりがちょうど観葉植物の陰になってしまっている。
小学校低学年だったYさんはフードコートに取り残されている状況がだんだんと不安になり、父親がいるであろうハンバーガー店の方へと向かうことにする。
フードコートの観葉植物の影を曲がれば目当てのハンバーガー店の前につく、そうすれば父がいるはず・・・

誰もいない。
観葉植物の陰に回った先、ハンバーガー店の前には父の影はなかった。
Yさんはなんだか怖くなってきた。父とはぐれてしまった?いろんな思いが頭をよぎる。
もしかするとどこかで行き違いになったのかな?そうだ先ほどの席のところに行けば父が待っているかもしれない。
そんな一縷の望みを抱き先ほどの席へと戻るがそこに父の姿はなく、それどころかさきほどまでたくさんいた他の客の姿がどこにもないのだ。
さっきまで賑やかな活気と温かな雰囲気が包んでいたフードコートが静寂に包まれている。
明るい照明の灯ったモールと無人の静寂が酷く歪に感じられ、不安感から泣き出しそうになる。
Yさんは心臓の鼓動が早くなるのを感じた、ドクンドクンという自分の鼓動以外の音が一切聞こえないモール。
唯一聞こえる音としてはショッピングモールの呑気なBGMが同じリズムを繰り返している。

お父さんは?私のお父さんはどこ?
フードコートを飛び出し父親を捜すYさん、父親の名前を大きな声で呼びながらショッピングモールの中を探すが返す声はない。
静かなフロアに自分の声が反響するだけ、その他は不安を助長するような呑気なBGMしか聞こえない。

「ご来店中のお客様に迷子のお知らせをいたします。青のワンピースをお召しになった7歳くらいの女の子が館内で迷子になられました。お連れの方が2Fのサービスカウンターでお待ちです。」

アナウンスが告げているのは自分の事だ、じゃあお父さんは2Fのサービスカウンターにいるんだ。
不安で緊張していた気が幾分和らいだように思えた、足は2Fのサービスカウンターへと向かう。
サービスカウンターの場所は分からないが、今いるフードコートが3Fなのでひとまず2Fへ降りてみよう。
そうしてエスカレーターに乗り一つ下のフロアへと降りる。
しかしというかやはりというかその道中に他のお客はおろか店のスタッフ、人とすれ違うようなことはない。
その間も迷子案内のアナウンスが何度か流れた。
だれもいないショッピングモールというのはこんなにも気味の悪いものなのかと思いつつもYさんはサービスカウンターを目指す、少なくともそこへ行けばお父さんがいるのだ。

広いショッピングモールの中を歩きまわった末ようやくサービスカウンターへとたどり着いたYさん、しかしそこに父親の姿はなく受付嬢…のような人がいるであろう場所はもぬけの殻だ。
いるはずの父親がいない事でYさんは一気に不安が押し寄せ泣き出してしまう。
モールに響くのはYさんがせせりなく声と呑気なBGMだけが同じリズムを幾度もリピートする。
どうしてよいか分からず泣きじゃくるYさんの耳に声が聞こえる。
子どもの泣きじゃくる声だ、良かった自分以外にもちゃんと誰かいたんだ、しかも泣いているっていう事は自分と同じように親とはぐれた子供なのかもしれない。

鳴き声の方へと駆け足で向かうと服屋さんの店先、洋服がたくさんかけられたハンガーラックの陰に子供がいた。
女の子だ、背格好は自分と同じくらい、衣服は自分と同じような色の青いワンピースを着ている。
その子はうつむいて顔を覆っているためその表情は伺えない
「泣かないで?あなたも迷子なの?」
Yさんは気丈にそう声をかける、声に反応してその子供が顔をあげる。
その顔は涙と鼻水でグチャグチャで真っ赤に泣きはらしている、しかしその表情はさっきまでの鳴き声からは想像も出来ないくらいの笑みで覆われている。
そのギャップにYさんは驚きからたじろいでしまう。
尚も泣きはらした顔で不気味な笑みを浮かべるその子をよくよく見ると、しゃがんだ体勢のまま小便と大便をもらしているようだった。
いしきすると急にツンとした刺激臭が鼻を突く。
呆気にとられ戸惑うYさんに向かいその少女はゲラゲラと笑いかける。
無人のショッピングモールに不気味な少女と二人きりというのがたまらなく怖く感じたYさんはキャーという誰かに助けを求めるような大声を叫びながらその場から逃げ出してしまう。

イヤだ!イヤだ!気持ち悪い、怖い、助けて!助けて!助けて!
無人のショッピングモールの中をあてどもなく走り回るYさん。

「迷子のお知らせをいたします。青のワンピースをお召しになった7歳くらいの女の子が館内で迷子になられました。見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」

無情なアナウンスが告げる。
だが今度はそれだけで終わらない。

「迷子のお知らせです。青のワンピースをお召しの7歳の女の子を見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」
「迷子のお知らせです。青のワンピースをお召しの7歳の女の子を見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」
「迷子のお知らせです。青のワンピースをお召しの7歳の女の子を見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」

迷子のアナウンスだけが何度も何度もリピートする。
その迷子案内を聞いているとYさんはなぜだか何かに追われているような錯覚に襲われる。
もし誰かに見つかって捕まって迷子センターに連れていかれたら?そうしたらどうなる?
さっきの不気味な少女は?なぜ自分と同じ格好をしていた?
不安だけが重く募る。

「迷子のお知らせです。青のワンピースをお召しの7歳の女の子を見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」
「迷子のお知らせです。青のワンピースをお召しの7歳の女の子を見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」
「迷子のお知らせです。青のワンピースをお召しの7歳の女の子を見かけられた方はお近くの従業員までお知らせください」

館内に木霊するアナウンスにまじりゲラゲラという先ほどの少女の笑い声が遠くから聞こえてくる、しかもだんだんとその声が近づいてくる。
見つかったらやばい見つかったらやばい、見つかったら…殺される!
そんな根拠のない恐怖がYさんの頭をよぎる。

Yさんは必死に走って逃げる、目的地などありはしないがその足は自然と先ほどのフードコートへと向かっていたお父さんとはぐれたハンバーガー店はその角を曲がったところにある。
一縷の希望に縋るようにYさんは全力で走る。

「おとうさーーーーーーん!!!!!」

自然とそんな声が出ていた。
角を曲がったところでYさんは何かにぶつかる。
良く知ったジーパンとコートの質感、ハンバーガーとポテトの香り。
Yさんが上を見上げるとそこにはよく知る父親の姿があった。
父親と再会し安堵したYさんはその胸に飛びつき全力で泣きじゃくった。

後で父親から聞いた話ではYさんを置いてハンバーガーを受け取りに行き席へ戻ろうとしたところYさんがお父さーんと叫びながら泣きついてきたのだそうだ。
Yさんとお父さんがはぐれたのは時間にして10分どころか1分ほどもなかったとのこと…

この不思議な体験以降Yさんはショッピングモールへ行くときは両親と絶対に離れないように常に手を繋ぐようになったらしい。
もし次にあの迷子案内を聞いたらどうなるのか?
明確な根拠はないが、もし次にショッピングモールで迷子になったらタダでは済まない…そんな気がするらしい

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