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本にまつわること

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本にまつわること
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記事一覧

「モモ」と読書の気負い

草刈機の音が響いて、草の香りが鼻腔をくすぐる。良い匂いだ。私は、ミヒャエル・エンデ「モモ」のストーリー半ば、ページを開いたままテーブルに置いて外へと出てきた。帰ったら続きを読むかもしれないし、読まないかもしれない。 読書に対する気負いについて話したい。それは例えば「本は最初から最後まできっちり読まないといけない」だとか「今読んでいる本を読み終えるまで次の本を読んではいけない」というような、読書のハードルを上げるような気負いの事についてである。 頭の中の世界というのはい

環境音楽とミズスマシになりたい奴

環境音楽は元々好きで良く聴いていたが、つい最近、フィールドレコーディング、環境音楽についての本を読んだ。端的に言えば所謂巷に溢れるASMRと呼ばれるものを更に深化し、思考を持って解釈していくといった内容であった。 私は環世界に興味があるが、例えば動物や昆虫の環世界に触れたい時はどうすれば良いのか。勿論実際には体感する事などできないのだが、想像する事はできる。簡単なのは動物や昆虫のサイズ感からその視点を考えてみる事だ。 実際に動物や昆虫の目線で今の部屋の中を歩いてい

生活の穴(「ジョン・ケージ」と「あわい」)

夜半散歩に出て、「生活の穴」を見つける。(他の表現をするのであれば「生活の端」とか「生活の隅」になるだろう。)彼(彼女)らは見つけるとすぐに輪郭を溶かしていなくなってしまうので、久々に見つけられたのは幸運だったと言えよう。余韻がまだ残っている。 従って今回は「生活の穴」の採集方法である。キャッチ&リリースをお約束とし、ついてきてほしい。(寂しいので。) まず、重要なのが「ジョン・ケージ」の「4分33秒」である。 この楽曲は「4分33秒の間一切演奏をしない楽曲」であり、この間

サンダルの穴と脳内サーモグラフィー(「視点」と「ソール・ライター」「ヴィルヘルム・ハマスホイ」)

サンダルの底が破けている。ということに気づいてはいたが、億劫で買換えもせずにいそいそと散歩へ行く。夏も終わりのはずなのに、アスファルトからの熱が直に足裏を直撃する。熱い。 しかしこれはどうしたことだろう。何やらその足の熱さは懐かしいものであった。 そうです。ノスタルジーというやつです。覚えてらっしゃいますでしょうか。プールの脇で足の裏を焦がした夏を。あの頃はどこでも裸足で駆け回っておりました。時に怪我などすることもありましたが、土や木やアスファルトの質感を足で実際に感じてお

缶ジュースの反響(読書と「ローベルト・ヴァルザー」)

缶ジュースを飲んでいた。三分の一程度残っている。少し飲んで息を吐くと、吐いた息の音が反響して返ってくる。その音はくぐもっていて、コーラスのエフェクターをかけた様な音がしており、一度目の反響の後ろ足に重なる様に二度目の反響がある。一度目の反響は自分の息遣いだと分かるのだが、二度目の反響は他人の息遣いに感じる。不思議なものだ。科学的根拠云々は分からないが、自分が聞いている自分の声と他人が聞いている自分の声とでは聞こえ方が全然違うということと関連はしているのだろうか。また、他人の息

窓を開ける風を通す(「線」と「ヴァルター・トリーア」と「高野文子」)

季節は秋真っ只中。絵を描いていると、少しだけ開けた窓から風が入り込んできた。肌寒い気もするが、残暑の湿気を風がさらっていくようで心地よい。開けた窓の向い側のドアが開いている。風が一直線に吹き抜けていく。そこに手をさらせば風を掴むことができる。それは例えるなら、夏場に声の絡みついた扇風機の感覚とでも言えばいいだろうか。人間の方じゃなくて扇風機側の感覚ってことが重要だ。 では扇風機からコンセントを伸ばすように話を広げていこう。(足を引っ掛けないように。) 「風通しの良い」線で

オノマトペ4DX(湿度表現と杉浦日向子)

雨が降っていた。近場の空き地を通りかかる。そこはむき出しの地面だったはずが、いつの間にかビニールシートで覆われ土嚢が積まれていた。割と強めにシートが張ってあるのか、そこだけ雨音が「ぱあん」とか「たたたた」とか張りの強い音がする。聴いていて心地の良い音だ。シンプルに「つとつと」等でも良い気がするが、なんというかもっと木琴を叩いているような、タンバリンを振っているような風情が欲しい。でも、「ぽこぽこ」とか「しゃんしゃん」ではない。この音を聴いて、宮沢賢治ならどんなオノマトペを引き

こたつトリップ(「冬」と「めるへんめーかー」)

冬が近づき寒さが増してきた。こたつを引っ張り出し潜り込めばそこからはでられぬ定め。 世の家庭ではこたつの上にケーキだのみかんだの雑煮だのが並んでいくが、myこたつ上には(近辺にも)本が漫画が積まれていくばかり。いずれは書物にこたつごと潰されお陀仏だ。なんて幸せなこったい。 さて、「こたつにみかん」「クリスマスにケーキ」の様に私には冬になると(特にこたつにこもりながら)必ず読みたくなる漫画家さんがいる。それが「めるへんめーかー」さんである。 (次点で岡田あーみんさん。もし

交わらない視線(ぬいぐるみと路上観察学)

散歩がてらに寄ったショッピングセンターをぐるぐると見て回る。近場の散歩は小銭しか持ち歩かないため特に何か購入することもない。店内はクリスマスが近づいてきているせいか、ツリーを店頭に飾っているアパレルショップ、モールで彩られたケーキ屋等どこもかしこも煌びやかな雰囲気である。 そんな中を一人で歩いていると、ふと複数の視線を背中に感じた。誰かが私の猫背に向かって、ひそひそ話しでもしているのだろうか。いやいや、クリスマス近しだからといって劣等感に溺れることなどないのだ。堂々と歩き、