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はなむぐり 五十音音響和歌

以前、「朗読の講習会とワークショップ」なるものの講師を引き受けたことがあった。
「朗読なぞ読み手が好きに読めば良いだろうに」などといささか乱暴なことも思ってみたが、パフォーミングアーツに携わるものとして、それではあまりにも無責任かとも思い直し、あれこれと当日の講演の準備を始めた。

本来言葉はその土地土地によって、発声されるアクセントもイントネーションも違い、更には語意も言葉すらも違ってくるので、これが正解などというものはあろうはずもない。

私の父は東京出身、母は小樽出身、ふたりとも一応共通語を話したが、母の語彙の中には時折小樽(北海道)弁が混じり、更には、やけに鼻濁音にうるさかった。
友人たちは下町育ちが何人もいて、「ひ」と「し」の区別がつかなかったり、べらんめい調であったりしたものだから、私もだいぶその影響を受けて育ってしまった。

後年下町育ちの友人が結婚して子どもが産まれ、その子が小学校に入って国語の試験の採点された用紙を家に持って帰ったところ、
祖母がそれをみて「なんだい、これバッテンが付いてるとこ、皆んなあってるじゃないかい。どうしちまったんだい?先生は」
孫娘「そうだよねえ、おばあちゃん。あたしもおかしいと思った。明日先生に言ってみる」
私の友人「どれちょっと見してみな。なになに。うん。ばあちゃんのいう通りだ、間違っちゃいねえよこれ。明日先生に言っときな」
(因みに私の友人は当時中学校の国語の教諭であった)

国語の問題は、漢字にふりがなを振るものであった。
「そこの広い道を左に曲がる」
「お日さまの光がまぶしい」
「火の用心をしましょう」
「太郎くんはあした引っ越してきます」などなど。

友人の娘の解答
「そこのロいみちをダリにまがる」
「おさまのカリがまぶしい」
のようじんをしましょう」
「たろうくんはあしたっこしてきます」

友人は中学の国語の教諭であり、詩人であり、鶴屋南北の研究家でもあったが、彼が自分の詩を朗読し、私が即興で踊るという舞台を度々催した。その都度彼は私に「これで読み方あってるかい?」と「ひ」と「し」の違いを確認するのであった。結局本番では全て「ひ」が「し」になってしまうのだが。

まあそんなこんなで、共通語(世間では標準語などと呼ぶが)はなかなか面倒なものだ。それに縛られるとどうも言葉の味わいが損なわれることが、しばしば生じてくる。その土地で使われている語感、イントネーションやアクセント、語意を大切にして読み、語ることがとても大事なように私には思えるのだが。


ワークショップの課題は、一つはその土地の物語をその土地の言葉で読み、語ってもらうこと。
(ワークショップは、奥会津の三島町で開催された)
二つ目は私の創った「はなむぐり五十音音響和歌」を自分たちの語感で朗読してもらうことにした。
日本語は母音が五つ(かなり時代を遡るとあ行の「い」「う」「え」「お」と、や行、わ行のそれぞれとは発音の仕方が変わっていたようだ)。発音がフランス語などと違って、かなり単純の様に見えるが、実際は各土地土地で若干異なる様な気もするのだ。
この「はなむぐり五十音音響和歌」は、五十音の各行の持つ独特の五感を和歌という形をもって詠んだ作品だ。

因みにこの「はなむぐり五十音音響和歌」は、タレントのタモリ氏たちが遊んでいた「ハナモゲラ和歌」に触発されて創作したのは、言うまでもないことである。
音響詩はこれにハマると結構面白いものだ。
古くはダダイスムの詩人フーゴ バルのGadji beri bimbaなどがあるが、実際に声に出して読むと、実に楽しい。

さてワークショップは如何になったかと云うと、参加者は土地の言葉で読んで良いというので緊張もほぐれ、実際聞いている参加者も私も、なんとも楽しく、生き生きとした言葉に触れることができたのだった。

言葉ってえのは面白えもんだね


はなむぐり 五十音音響和歌


はなむぐり
ふぐり へれねれ
ひのもごり
ふねり へれほれ
への ほろもりぬ

ぬれのにの
ぬめり のりぬれ
なめのりぬ
のに ぬりのれぬ
ねめれ ねりぬれ

カッコキヌ
ケッカ キリケク
クルキリコ
ケロ クルケカノ
ケラク ケリコク

あへうひの
えふお あへあへ
うほいへふ
いはな えのおふ
あほの へをふう

さっしうの
すねり そくのり
せのしれす
そしり せかそこ
さのせ くはらす

まくなめり
みるの めくるね
もむまらの
めの みはるなめ
むりも ねりまむ

トッチリノ
タッテオ ナメリ
タチノリテ
テント ノッタリ
テツニ トチヌル

ロリタロル
ラレイ カラレヌ
レルペロリ
レンロ レロレロ
リンル ラレラレ


やわやわの
わつきちしよに
ゆれもみて
やわしやらじゅや
めてをとくすを

「やわはだの
あつきちしおに
ふれもみで
かなしからずや
みちをとくひと」(与謝野晶子*作)

やわやわの
わつきちしよに
ゆれもみて
やわしやらじゅや
めてをとくすを

ん!

             2004/9  一陽ichiyoh

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