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【友に灯る】友と戦った日のこと

「友に灯る」は、友人たちとの思い出を書くエッセイのシリーズです。
よろしければ、最後までご覧ください。


 大学生になり1年が過ぎ、もうすぐ2年生になろうとしている頃のこと。ダンス部の友人と大学近くの定食屋に行った。

 目の前に座る友人は、むすっとした顔で黙々とご飯を食べている。私も同じように、むすっとしながらご飯を食べている。せっかく友達とご飯を食べに来たのに、お互いに無言だから、傍から見れば喧嘩でもしたのかと思われるかもしれない。もちろん、私たちは喧嘩をしているわけではない。でも、楽しくしゃべりながらご飯を食べられるほど、心に余裕がないことも確か。今はただ、目の前の生姜焼きをどうやって食べきるか、そのことに全神経を集中させている。2人ともお腹がいっぱいなのです……。いやいやいや、私たちももう今年で20歳になるのよ、もう大人の仲間入りなのよ。さすがに自分のお腹と相談して、食べきれる量を注文するでしょっ、と思っていたのだけれどこのありさま。ちょっと泣きそうだもん。いっそのこと喧嘩しているほうがいいとすら思う。もともと喧嘩の1つや2つする覚悟でここに来たのだ。友人と腹を割って話すつもりが、まさか食べ物によって腹を割られそうになるとは。
 そもそも、ただお腹が空いたから友人とこのお店に入ったわけではない。少々込み入った話があった。私たちはもうすぐ2年生になる。つまり、もうすぐ後輩ができる。しかし、今の私たちは、先輩としてどうやって後輩と関わればいいのか分からず、途方に暮れている。それのどこが込み入っとんのじゃ! と怒られそうだけれど、話はもっと複雑。2年生にして、ダンス部のパートリーダーを担うことになったのだ。私たちの部は、ブレイクダンスとか、ジャズダンスとか、ダンスのジャンルごとに別れて練習やショーを行う。私たちのいるポップダンスは、過去2年間不人気だったようで、私とその友人以外はみんな4年生の先輩。あと数日で卒業してしまう。その後は、2年生の私たちが一番上になる。先輩風は過去最大風速で吹くかもしれないが、責任は大きい。困ったことがあっても、先輩を頼ることができない。そんなわけで、2人とも重圧に潰されそうになっている。そこで、後輩との関わり方やジャンルの方向性を探るべく、お昼ご飯を食べながら話し合うことにした。大盛りで有名なこの店で。

 うん、やっぱり今考えても、なんであの定食屋さんにしたんだろう。2人とも行ったことなかったし、食べてみたかったのかな。美味しいんだよ、美味しいし満足度も高いんだけど、話し合いをする場所ではなかった。

 お昼時からは少しズレていたので、お店にはすぐに入ることができた。友人がハンバーグ定食を選んだから、私は生姜焼き定食にした。一口ちょうだいとかあるかもしれないから、友達とご飯を食べるときは違うものを選びがち。注文してから料理が到着するまでの時間、これからについて話し合った。先輩としてどうあるべきか???
 議論が熱くなる前に、店員さんが料理を運んできた。生姜焼きの方~、と呼ばれたので手を挙げる。食欲をそそる匂いとともに、目の前に生姜焼き定食が置かれる。おっ、めっちゃ美味そう……え、本当に一人前? 私のこと何人かに見えてます? すぐに友人の前にもハンバーグが置かれた。おお、お前もたくさんいたのか。テレビで取り上げられるデカ盛りとまではいかないけれど、学生にうれしい大盛りといった感じ。それでも、一般人にしては充分多い。
 話し合いは一旦後回しにして、食べることに集中したほうが良さそうだ。お互いに黙々と食べ始めた。そして、今に至る。友人はもうそろそろ食べ終わるな。ごめん、こっちはもうちょっとかかるかも。口の中をリセットしようと飲んだ水が、胃の中で暴れ出す。次の一口で何をどれだけ口の中に入れるか、1回でも判断をミスれば詰むぞ……。そんな頭脳戦を頭の中で展開したものの、あまり意味がなかった。結局は根性。気合いを入れて、残りを一気にかきこむ。私も少し遅れてフィニッシュ。勝利のガッツポーズ越しに友人を見ると、天井を見ながらふぅふぅと呼吸を整えていた。2人ともこれからのことを話し合う気分ではない。
 少し休憩して、お会計。帰り道、重たい体を引きずりながら歩いている。お互いにお腹いっぱいだ~という言葉しか出て来ない。どうやら、満腹になると楽観的になるらしい。先輩がいなくなることに怯えていたけれど、まあ、なるようになるかと覚悟が決まった。

 この先、いろいろな試練があった。天才的に上手い後輩が登場したり、偉大な先輩との差に落胆したり。他のジャンルの先輩から「最近、ポップダンスのレベル下がってるよ」と指摘され、言われなくても分かっとるわ! と何度心の中で叫んだことか。友人ともがき続けた毎日。悔しかったせいか、忙しかったせいか、思い出そうとしても記憶はずっとぼやけている。でもなぜか、大盛りご飯と一緒に戦ったこの日のことは、今でもちゃんと覚えている。


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