存在

飴が2つのところに、飴を1つ増やすと その分場所がいる。
存在は場所をとる。
飴を捨てたり溶かしたりして、増えた1つをなかった事にもできる。

人間も同じ。
できちゃった婚で生まれた私は いらない存在だった。
父は母と結婚する口実として子供が欲しかった。
母は実家を出る口実として子供が欲しかった。
願いが叶うと子供はいらなかった。
それから父はよく朝帰ってきて、母はヒステリーを起こしながら父に刃物を向けていた。

私には誰も何も向けていなかった。

両親が別れた後、母と祖父母と暮らした。
祖母が病気で倒れてから 益々母の気性が荒くなった。

母が再婚した。付き合って たった3ヶ月の男と。
母は男の機嫌を取ることに必死だったし、男は私の粗探しが趣味で、勉強部屋やランドセルを漁って粗を見つけては 怒鳴り散らして暴れるのを楽しんでいるように見えた。

「あの人は病気なんだろうから許してあげなさい」
男の行動を見て 親戚が口を揃えて私にそう言った。
児童相談所も警察も動かなかった。

中学の時から度々 両親と離れて祖父の家で暮らした。
親の目がないのを好機とし、強制で入らされた運動部を辞め、学校をサボって 漫画を買いに行った。
母は私を祖父の家に預けて 厄介払いができたと さぞかし喜んでいただろう。

高2の時 進路は世間体的に専門学校✕ 四大は学費が払えないため✕、就職は論外、短大は資格がとれるところなら〇 という ほぼほぼ決まったレールの上で 歩かされた。
平日は放課後コンビニバイト、土日は親が強制的に入れた飲食店で働き、その給与は1万だけ手元に入ったら あとは全て親のもの。
虚しかった。
高校卒業と同時に飛び降りて死のうと決めていた。
高3の秋、裸足で家を抜けだし ようやく警察がこの家の事情に踏み込んだ。
そうして 母は男をとって 私と縁を切る選択をした。
引き取り先になった祖父は 厄介な事になったとうんざりしていたに違いない。

春が来て保育士の短大に進学した。
保育を選んだのには理由がある。
保育士がまともそうだったから。
保育士ってまともな育ちをしてそう。
まともな父親と まともな母親がいて、
まともな学生時代を送り、まともな友人に恵まれてきてそう。
親に殴られたこともなく、教師が通信簿に「親がクレーマー」と書くこともなく、3日休んでも友人に自殺を疑われることもない人生を送ってきたことだろう。
そういう風に私も見られたかったから。
まともな人っぽく繕いたかったからだ。

そうして保育士になって 鬱になって
鬱になった私の存在を 原因は生い立ちじゃない、私たちのせいではないと逃げたい両親は目を背けている。
大人なんだから自分で責任を持ちなさい。とか言ったりしている。
やだなァ それは貴方たちでしょ
大人なんだから作り出した私に責任を持ってよ。
とりあえず400万くらい払って 生活費に当てさせてよ。

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