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【読書感想】40年間日本中の誰もが解けなかった謎をあなたは解けますか?

1.『占星術殺人事件』島田荘司

出版社:講談社
発行年:1981/12/14
文庫本:512ページ
カテゴリー:ミステリー

「歴代最高傑作の国内推理小説はどれか。」
という議論にミステリーファンはこの秀作を挙げないでいられるだろうか。いや、不可能だ。
私としては、五指には必ず入るであろうと信じて疑わない。

また日本国内では当然のこと、台湾や中国、イギリスなどの海外でも評価を得ており、この作品が非凡なものであることは確かである。

・1980年、第26回江戸川乱歩賞最終候補作に選出
・週刊文春主催「東西ミステリーベスト100」の1985年版で21位、2012年版では3位にランクイン
・2014年1月、イギリスの有力紙「ガーディアン」で「世界の密室ミステリーベスト10」の第2位に選出

著者の島田荘司は「新本格のゴッドファーザー」と称される日本ミステリー界の巨匠である。
江戸川乱歩によって口火を切られた「本格ミステリ」は、横溝正史やこの島田荘司によって体系化され、後に「新本格ミステリ」の風を巻き起こした。

そんな島田荘司のデビュー作である本作は実に鮮烈なものであった。全ての要素において一級品であり、特筆すべき点が飽和してしまうほどである。そんな贅沢極まりない本作について色々語っていこうと思う。

2.あらすじ

密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。その後、彼の六人の娘たちが行方不明となり、一部を切り取られた惨殺遺体となって発見された。事件から四十数年、迷宮入りした猟奇殺人のトリックとは!?名探偵御手洗潔を生んだ衝撃作の完全版登場!

3.登場人物

御手洗潔(みたらいきよし)
東横線の綱島に事務所を持つ「探偵が趣味の占星術師」。

石岡和己(いしおかかずみ)
御手洗の親友。本業はイラストレーター。
御手洗潔シリーズはほとんど石岡視点で描かれる。

御手洗と石岡の元に40年前に起こった占星術殺人事件の関係者の娘だと名乗る女性が訪れたことがきっかけで本作は始まる。

4.特徴

 本作は現代でも類を見ない特異的な小説作品である。その理由は以下の通りだ。

①始まりは怪しげな手記
②1つの物語で3つの事件
③スケールが大きい
④狂気とユーモアの共存
⑤挑戦状

①始まりは怪しげな手記

わたしは悪魔憑きである。                      本文p.9

本作はこの書き出しの狂気に満ちた手記から始まる。占星術や錬金術、西洋の魔女について語られており、犯人と思われる人の病的な様子が窺える。

しかし約40ページ後、驚くべき事実を知ることになるが、それは読んでみてのお楽しみである。

いきなり意味不明な手記から始まるというのはとても大胆な手法であり、正直賛否両論もあるらしいが、大きい視野で観るとそれが正しいように思う。

②1つの物語で3つの事件

 1つの話の中で3つの事件を取り扱う小説というものは非常に珍しく、本作の最大の特徴の一つと言えるのではないか。

珍しい理由としてはやはりそれぞれに力が分散してどれも平凡になってしまうことや統一性が無いということが挙げられる。

しかし本作は全ての事件が超難問であり、多角的に見ると繋がっているようにもそうでないようにも見えるから不思議である。

そんな重量感溢れる本作であるが、分かりやすさも申し分ない。探偵役の御手洗と親友の石岡君が読者に優しく仮説立てて説明してくれるので全く問題ない。文庫で500ページ以上あるが、作者の計り知れない集中力が伺える。

③スケールが大きい

40年前の事件を扱うということや、「アゾート殺人」の惨殺死体が全国各地に散らばっていることから、時間的にも空間的にもスケールが非常に大きい作品だと言える。

スケールが大きいということは、事件の謎の難解さであったり物語自体の壮大さを増加させ、それと比例して読者の作品に対する期待値も上昇させるという効果をもたらす。その点から本作は非常に計算された作品であるとも言える。

④狂気とユーモアの共存

今まで私が語ってきたことだけ聞いていれば、本作は非常にシリアスで、暗然たる作品のように感じるかもしれないが、あながち間違いではない。
間違いではないが、そこに御手洗潔のユーモラスな言動がスパイスとして加わることで、より一層作品としての旨味が凝縮されている。

例えばこれも、御手洗たちに解決を依頼した女性の兄に向けての言葉であるが、中々皮肉がきいておもしろい文章である。

「ああいう日本型のお巡りさんはまだけっこう多いけれど、その中でも彼は特に威張っている。なかなか貴重な存在だ。〜天然記念物に指定したいね。そして国で保護するべきだ」
                                                      本文p.273

また京都でお世話になった江本君と駅で別れる場面で、御手洗は事件が解決して上機嫌なのに対して石岡はいつも通り冷静で、そのギャップというか落差が面白い。

「さて諸君!別れの挨拶はそのくらいで。われわれを長く引き離し、五百年ののちの夜に連れ去る列車がじきに滑り込む。われわれはロマンの甲冑に身をかため、白いロバにうちまたがろうではないか!」
「万事この調子ですからね」
                                                 本文p.403

⑤挑戦状

世界でも認められた本作のトリックははっきり言って超超超超超難問である。
作中で余りあるヒントが与えられるが、誰にも解けないと断固として明言できる。
作者も相当の自信があるのか、二回にわたって読者に挑戦状を突きつけている。

〈第一の挑戦状〉
勇気を振り絞り、私はここらであの有名な言葉を書いておこう。
〈私は読者に挑戦する〉
今更言うまでもないが、読者はすでに完璧以上の材料を得ている。また謎を解く鍵が、非常にあからさまなかたちで鼻先に突きつけられていることもお忘れなく。

〈第二の挑戦状〉
──露骨なヒントを示し、まだお解りではないと推察する(何しろ日本中が四十年間も解けなかった難問なのだから!)。そこで私は大胆にも、ここに第二の挑戦状を行う次第である。──事態がここにまで至れば、もうそろそろ解いていただきたいと思うのだが──。

これを読んだときはほんとに武者震いがした!
これほど挑発的で大胆なミステリ作品があっただろうか。まさに堂々たる風格である。

5.印象に残ったフレーズ

反抗の中にしか創造はないのである。
             平吉の手記にて(p.22)
「惜しいな、理解する能力がなければ。ピカソもただの落書きだ」
               御手洗潔(p.160)
「こいつが難問であるのは、今やもう充分に解っている。でも実際にあったことだ。しかも君やぼくと同じ人間がやったことだ。解けない謎とは思わないよ」
               御手洗潔(p.243)
「人間は罪を重ねて死んでいく」
               御手洗潔(p.282)
「ぼくは胸に勲章なんて下げたくない。もし重ければ、走るのに邪魔になる。本当にいい絵には大袈裟な額縁は必要じゃない。」
               御手洗潔(p.416)

6.最後に

著者の島田荘司は本作についてあとがきでこのように語っている。

この物語は、1970年代のあの頃すでに空中に存在し、たまたまそばにいたぼくが受信して、巫女の手を経るようにぼくの手を介して原稿用紙の上に降りかかった、という印象がある。

この作品を読んだだけの私としてもそのような印象を受けたのは全く納得出来る。
殺人事件を取り扱っているのは分かっているが、どこか人為的ではないような、神秘的な雰囲気さえ漂っているような気がする。

それが日本のみならず世界中の人々を魅了しているものの正体なのだろうか。
正解は神のみぞ知る。

みなさんもぜひ本作の不思議な空気に酔いしれてみてはいかがでしょうか。


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