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【論文・エッセイ】井出智博|児童養護施設心理職の“これまで”と“これから”

 2018年より、弊社から1冊の本が刊行されました。
 井出智博・片山由季=編著『子どもの未来を育む自立支援——生い立ちに困難を抱える子どもを支えるキャリア・カウンセリング・プロジェクト
 キャリア・カウンセリング・プロジェクト(CCP)とは——あまり聞き馴染みのない用語かもしれませんが――児童養護施設や里親家庭で生活している社会的養護の子どもたちと5年にわたって取り組んできた、子ども主体の自立支援のための実践を指します。
 主に社会的養護の領域での活用を目指しておりますが、近年はヤングケアラーの支援にあたる方たちも関心を寄せています。
 本書は「自立支援」「将来展望」「生い立ちに困難を抱える子ども」といったキーワードに馴染みのある児童養護施設に勤める職員や里親の方、そして「子どもの自立」を支えるために動くすべての人が対象です。
 
 本記事では、書籍発売を記念し、学術通信に掲載されたエッセイを公開します。書き手は、本書の編著者・井出智博さんです。

※本記事は『学術通信 No.117』(2019年)掲載の内容を転載したものです。

児童養護施設心理職の“これまで”と“これから”

 私が大学院生の頃(20年ほど前)、全国の児童養護施設に心理職(施設心理職)が配置されることになりました。当時の厚生省は心理職の配置を伝える通達の中で、児童虐待等による心的外傷のための心理治療を必要とする子どもたちに心理治療を実施することを目的として配置するとその目的を示しました。全国的にスクールカウンセラーの配置が進められた時代でしたので、臨床心理士の有資格者を始めとするベテランにはスクールカウンセラーとして勤務する方が多くいらっしゃいました。一方で、待遇面で劣る施設心理職の多くは、若く経験が浅い心理職がほとんどでした。私が勤めた施設の近隣の施設心理職の多くは私と同じ、大学院生だった記憶があります。

 学部生の頃から児童相談所一時保護所でボランティアをしていたこともあったために施設心理職として働く機会を頂くことになったのですが、当時は施設心理職がどのような役割を担うかについての文献は皆無でした。そのような中で駆け出しの施設心理職だった私たちが頼りにしたのは西澤にしざわさとる先生が翻訳して紹介してくださっていたエリアナ・ギルの『虐待を受けた子どものプレイセラピー』という本でした。生活の場を通して行われる修正的接近と心理治療を通して行われる回復的接近を軸としたアプローチを紹介したこの本を読み, 施設心理職として虐待を経験した子どもたちに心理治療を行うことを思い描いて施設での勤務を始めました。

 ところがそこで待っていたのは本の中に描かれていた内容とはあまりにもかけ離れた現実でした。そもそもその当時の施設には“治療”という概念がほとんどありませんでした。むしろそうした表現に対してアレルギーのような反応があったといってもよいかもしれません。今の施設よりもずっと管理的で、子どもたちが集団生活を送る施設の中で、日課に沿った生活を送らせようとするケアワーカーの大きな声が響き渡っているようなところでした。心理療法を行うために準備された部屋もとても子どもたちの心理的な安全が確保されるような構造ではなく, 面接をしていてもその部屋に置いてある物品を取りに時々職員が出入りするような場所でした。そこには生活と心理の連携というような概念もなく、心理は心理で勝手にやってください、というような雰囲気さえありました。

 こう書くと施設を批判しているように見えるかもしれませんが、決してそういうわけではありません。施設心理職だった私たちが施設の中で何ができるかが良くわかっていなかったのと同じく、それまで施設で子どもを支援してきたケアワーカーも施設心理職をどのように活用してよいかがわからずにいたのでした。施設心理職としてどのような活動をすればよいのか迷った私は、いろいろな施設の心理職がどのような活動をしているのかを尋ねて回りました。期せずしてそうした活動は私にとって重要な研究のテーマとなり全国の施設心理職の活動状況や活用状況についての実態調査を行うことになりました。そして、その中から長年に渡ってその施設で役立つと評価されるような活動をしている施設心理職のインタビュー調査を行ったりもしました。 こうした調査から見えてきたのは、海外から輸入された理論は参考にしつつも、それぞれの施設での経験をもとにして、日本の児童養護施設という心理臨床の場で、それぞれが必要とされる活動を構築しようと模索している施設心理職の姿でした。近年、Evidence Based Practiceエビデンス ベースド プラクティスという言葉をよく耳にします。 科学的な根拠に基づいた実践という意味ですが、そこで行われていたのはPractice Based Evidenceプラクティス ベースド エビデンス、つまりそこで必要とされる実践を重ねることによって科学的な根拠を生み出すことでした。施設心理職の草創期に行われていたのは、長年に渡って行われてきた児童養護施設におけるケアワーカーの実践と、新たに参入した施設心理職による実践の相補的な関係を探る試みだったと思います。 当時の私はそうしたことを見聞きしながら、「施設心理 職のアプローチは“治療”というより"成長 (発達) 促進的なアプローチだ」 というメモを残していましたが、今になって読み返してもそうだなと思います。

 施設に心理職が配置されて20年以上が経過します。草創期には心理職の導入に積極的ではなかった施設への心理職の配置も進み、常勤化される予算もつくようになってきました。また、乳児院や知的障害児施設といった児童養護施設との関係が深い施設への心理職の配置も進められてきました。心理臨床学会を始め、学会の年次大会や論文集で施設心理職の活動や施設における心理的なケアをテーマとした研究や実践の報告も見られるようになっています。心理職の活動内容に目を向けると、狭義の心理療法だけではなく、心理教育や集団療法、生い立ちの整理性 (生) 教育、自立支援、ケアワーカーへのコンサルテーション、さらには施設におけるマネジメント業務や家族支援 地域の関係機関との連携など、とても幅広くなってきました。一方で、施設における養育単位の小規模化が進められ、平成29年度に示された新しい社会的養育ビジョンでは、里親家庭の活用を強く推進する方向性が示され、施設が担う役割には大きな変化が求められるようになってきました。 施設心理職にもそうした動きの中で。施設心理職としての新たな役割を構築することが求められるようになってきます。公認心理師という新たな心理専門職が資格化される中で施設心理職の草創期から発展期へ、今後どのような展開を見せるのかをとても楽しみにしています。

※一部、本記事の特性を踏まえて、太字にしております。

井出 智博(いで・ともひろ)
北海道大学大学院教育学研究院 准教授。臨床心理士。博士(文学)。
2007年九州産業大学大学院国際文化研究科臨床心理学領域(博士後期課程)単位取得満期退学。乳児院、児童養護施設、情緒障害児短期治療施設セラピスト、スクールカウンセラー、静岡大学教育学部准教授などを経て現職。
社会的養護を要する子どもの心理的なケア、特に近年はレジリエンスや時間的展望の視点から子どもの暮らしと育ちを支えることに関心を持っている。臨床心理士。博士(文学)。
主著 『研究と臨床の関係性―臨床に基づいたエビデンスを求めて』創元社(編著)、『社会的養護における生活臨床と心理臨床』福村出版(分担執筆)、『児童養護施設で暮らす子どものレジリエンスの特徴』福祉心理学研究(2018)、『社会的養護における青年の職業的自立サポートに関する研究』子どもの虐待とネグレクト16(2)203-212頁(共著)、『児童養護施設中学生の時間的展望と自尊感情』静岡大学教育学部研究紀要(2014)

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表紙に使用されているイラストはカンボジアの孤児院「スナーダイ・クマエ」の子どもたちによるもの


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