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フィクション日記

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存在しないアナタの有りもしない1日。
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記事一覧

フィクション日記『深鈴』

あのね、私、大好きなの。
あなたのことが大好きなの。
とんでもなく大好きなの。

ねえ、こっち向いてよ。
笑ってみせてよ。

あのね、私、淋しいの。
あなたがこっち向いてくれないから。
ちょっとだけ淋しいの。

ねえ、こっち向いてよ。
いま、どこ見てるの?

あのね、私、知ってるの。
あなたがあの子を見てること。
あの子の方が好きなこと。

ねえ、こっち向いてよ。
あの子じゃなくて、私を見てよ。

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フィクション日記『雫』

雨だ。大雨だ。
前も見えないほどの大雨だ。
雨だ。大雨だ。
もう、頬を伝うのが涙なのか雨粒なのかもわからない。

思い切って書いた手紙。
教室のゴミ箱に捨ててあった。
投げっぱなしの気持ちが行き場を無くして靄となり、
靄が沢山集まって、雨雲を作った。

雨よ。大雨よ。
全部洗い流してくれないか。
雨よ。大雨よ。
私の心を踏んでいった、あいつごと全部、全部。

フィクション日記『裕司』

優しい人だとよく言われる。でも決してそうじゃない。
俺は自分が快適に過ごしたいだけなんだ。

今日も乱暴にドアが開く。

「ただいま。」

きっとそこにいるのは、眉間に皺を寄せた見るからに不機嫌な彼女。

「おかえり。」

めいいっぱい、優しい声を飛ばす。
リビングから見えた彼女は、想像通り眉間に深く皺を刻み込んでいた。
これ以上不機嫌になられると面倒だ。
めいいっぱい。優しい顔を作る。

「ご機

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フィクション日記『葉菜』

或る6月の水曜日。
今日はたまたま1限代講。
いつも起きない時間に目を覚ます。
外はしとしと雨が降っていた。

身支度を整えた。
前髪にアイロンをかける。
簡単に化粧をして、外に出る。
朝の気だるさと鼠色の風景に少し気が重くなる。

赤い傘をさしてみた。
少しでも気分が上がるように。
走り去ったトラックに水をかけられた。
赤い傘さえ鼠色。

大学に辿り着いた。
たった3キロが万里に感じた。
「なん

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フィクション日記『達也』

A.M.1:43、荒いノックが聞こえる。

ドアを開けると、いつものように赤い顔をした先輩がいる。

「またですか。」

「なによう、タッちゃんつれないねえ。」

先輩は、ビールと乾き物の詰まったコンビニ袋をぶら下げ、当然のように玄関に入ってくる。

先輩の脱ぎ捨てた靴を揃える。

「また飲むんすか。」

「んー?」

我が家のように僕のソファーに座った先輩は、答えにならない返事をしながら、カシュ

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フィクション日記『亜紀』

苛立ちが止まらない。
心底どうでもいいことに苛立って仕方ない。

例えば電車で、まだ人が降りきってないのに乗ってくる人。その先の駅の階段で、下り側を上ってくる人。駅前の歩道の自転車用通路を歩く人……。

そんなどうでもいいことに、いちいち腹を立てながら家に帰る。
決して丁寧とは言えない手つきでドアを開けた。

「ただいま。」

「おかえり。」

廊下の奥から声が飛んできた。

「ご機嫌斜めだね。」

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フィクション日記『陽介』

雨が嫌いだ。

でも、今日のような快晴はもっと嫌いだ。
ちいさい窓から杭のように差し込んでくる眩しい光。
逃げるようにカーテンを引いた。

引き篭もって何ヶ月経つだろう。
何もできなくなって、布団からも起き上がれず。
蛆のように丸まってただ生きている。
仕事に忙殺されていた頃の自分が羨ましいほどに今俺は何もできなくなっていた。

快晴が嫌いだ。まるで太陽が笑っているような気がするのだ。
「陽介」な

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フィクション日記『沙代子』

「大嫌いなんだから。あんたのことなんか。」
どうしてそんなふうにしか言えないんだろう。

フィクション日記『美紀』

プロポーズされた。

「僕が君を幸せにします。だから、僕と結婚してください!」

夜景の見えるレストラン、美味しい食事におめかしした2人。彼の手元には、ダイヤの指輪が輝いている。
教科書通り、満点のシチュエーションだった。
頬を紅潮させ、私の返事を待つ彼。

「お断りします。ごめんね。」

紅潮していた頬の色はみるみると白くなっていった。
彼に特に大きな不満はなかった。でも、

「僕が君を幸せにし

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フィクション日記『今日子』

「良い名前ですね。」と言われたんです。
それだけのことでした。
でも私、とても疲れていたんです。
市役所の窓口って、みんななんでも言って良いもんだと勘違いしているのでしょう。
週の中日ともなると、嫌気がさしてきちゃうもんなんです。
当たり前なんだけれど、誰も彼も自分の求めることしか頭になくって、
まるで私なんかゲームのCPUのように見えている。
そんな気がしてきてしまって「担当の中山今日子です。よ

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