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ブロックチェーン in ジャーナリズム(翻訳解説)

今年6月18日、世界最大のプラットフォーマーであるFacebookが、既に1ヶ月半前にリークされていた仮想通貨プロジェクト「Libra」を公式発表しました。

僕はこの報を目にして、冬に読んだある記事が頭をよぎりました。その名も "Blockchain in Journalism" というタイトルのレポートです。それは、ジャーナリズム業界向けの技術の解説に加え、去年注目が高まり10月にICOを行ったものの目標額の資金調達に失敗し、とりあえずニュースプラットフォームとしてスタートを切ったCivil(ホワイトペーパーの和訳はこちら)など、2018年までに実際に行われたプロジェクトをいくつか紹介している記事でした。

Libra発表からここ数日間で、かなりの反響・批判が巻き起こっているようですが、僕は「ソーシャルメディアプラットフォームがブロックチェーン活用に乗り出して今までのパラダイムがひっくり返される前に、ジャーナリズムの分野で何がなされてきたかを整理したい」と思い、そのレポートを抄訳することにしました。この度著者本人と掲載媒体の許可を貰ったので掲載します。

"For journalists and news organizations, blockchains are both a potentially monetizable, shiny new thing and a moment of reckoning at the same time. Blockchains can be deployed as solutions ... which secure and boost a media company’s bottomline. Conversely, blockchains prompt a serious rethinking of organizational hierarchies and distributed responsibilities." 「ジャーナリストやニュースメディアにとってのブロックチェーンとは、将来的にはマネタイズに活用しうる輝く金の卵であると同時に、年貢の納め時ということでもある。... それはメディア企業の損益計算書の帳尻を合わせ、さらに増益に転じさせるポテンシャルを秘めている。その反面、ブロックチェーンはメディア組織のヒエラルキーや役割構造を根底から揺さぶる力を持っている。」[結論より引用、強調訳者]

"Blockchain in Journalism"は、2019年1月にコロンビア大学ジャーナリズム大学院博士課程のBernat IvancsicsさんによってColumbia Journalism Reviewに発表されたものです。彼は昨年10月には同大学での同名のカンファレンス "Blockchain in Journalism: Promise and Practice" (Youtube)を共同主催していて、この記事もその成果の集大成となっている模様です。

ここでは、導入部・結論と、これまでのブロックチェーンのジャーナリズムへの応用事例をまとめた「ブロックチェーン in ジャーナリズム」のみ抜粋して訳出しました。

今後、FAANGら巨大プラットフォーマーによるブロックチェーンソリューションの一本化が進むのか、それともまだ様々な局面でディスラプションが起き続けるのかはまだ分かりませんが、ニュースメディアやジャーナリズムの業界のイノベーションについての最新の現在地を知るために、ぜひ読んで欲しい一本です。(小宮貫太郎)

翻訳元原文:
Bernat Ivancsics, “Blockchain in Journalism,” Columbia Journalism Review, January 25, 2019, https://www.cjr.org/tow_center_reports/blockchain-in-journalism.php/.

# この翻訳は筆者であるMr. Bernat Ivancsicsおよび、コロンビア大学ジャーナリズム大学院Tow Center for Digital Journalismにおける編集者であるMr. Sam Thielman、Columbia Journalism Reviewの許可を得て掲載しています。
# 文章内のリンクや *nは訳出箇所における原註(参考文献)、[]は訳者による註を表す。


Blockchain in Journalism

概論

ブロックチェーンとは、インターネット・民主主義・カネなどと同様、多種多様なものごとの集合体である。それは、仮想通貨取引の分散型記録であり、コンピューター同士のP2Pネットワークであり、改ざん不可能で追加のみが可能なデータベースである。これらの重層的な機能の数々が、単一の方法でブロックチェーンを定義・説明することを難しくしている。複数の概念が集積しているその様子はまるで、幾重にも積み重なったガラスのレンズが互いの表面を傷つけあい、それぞれの焦点をぼやけさせてしまっているかのようだ。

このレポートは、そうして凝り固まっている概念のレンズを一度バラバラにし、ブロックチェーン技術の基本要素を再構成しながら、その1枚1枚に取り組むことを目的としている。

最初の3セクション[未訳出]では簡単にブロックチェーンの歴史を振り返ったあと、プライベートチェーンとパブリックチェーンの2つを区別しながらその機能性について述べる。次に、ブロックおよびブロックチェーンの構成要素と内部構造ごとに分けて詳述する。

続くセクションでは、ブロックチェーンのジャーナリズムへの応用に焦点を当てる。特に、ジャーナリストやメディア企業が日常的に使用するメタデータ管理のためにブロックチェーンを使うといった限定的な〈ターゲット型ソリューション〉と、さらに仮想通貨を導入しジャーナリズムのビジネスモデルを根本から覆すような〈ハイブリッド型ソリューション〉の2つを、それぞれ見ていく。

このレポートの最終セクション[未訳出]では、プルーフオブステーク(PoS)と呼ばれるモデルの進化、「スマートコントラクト」の普及、そして民間レベルと政府主導型のブロックチェーンの可能性について、報道機関や記者の職務との関連性に根ざしながら検討する。

重要ポイント

メディア企業向けのブロックチェーンの活用例は、次の3つの分野に大別される:

1. 編集業務および広告部門のための透明性の高い(かつ公的に証明可能な)データベースソリューション
2. 仮想通貨ベースのビジネスモデル
3. ブロックチェーンを基にしたファイルシステムで保護された公的データへのアクセス

1.]ブロックチェーンは、編集コンテンツ制作業務において、記事の公開日時・筆者・タグといった重要なメタデータのためのセキュアなレジストリとして活用できる。広告営業チーム向けのツールとしては、ブロックチェーン型のレジストリによって、信頼できる広告主や広告コンテンツに優先順位をつけフィルターする機能が実現できる。それは更にデジタル広告市場において、いまいち得体の知れない現在のオークションメカニズムに取って代わるシステムとなるかもしれない。これらのデータベースソリューションは、ジャーナリズム業界にとって、メディア企業間やメディアと一般市民の間の信頼性を高める上で今後不可欠になっていく可能性がある。記事原文のデータの保管・監査や、有害なスパム広告のフィルタリングは、ブロックチェーンの特性からしてまず最初に実現可能な2つの実用例である。

2.]さらには、記者・情報提供者・更には読者がそれぞれ特定の役割をこなす際の対価として、仮想通貨を採用することもできる。記者・フリーランスのジャーナリスト・情報提供者にとって、トークンは彼らの報酬のうちフレキシブルな要素として(ちょうど諸分野におけるストックオプションのように)活用できる。また特にメディアを購読する読者にとっては、自分の見たい広告の表示を許可することで(つまりパブリッシャー[=広告を掲載するメディア]側にどんな広告主を好むのか知らせる形で)トークンが稼げるような仕組みも作れるだろうし、またジャーナリストに投げ銭をすることも可能になるかもしれない。

トークン取引の安全性は、分散型で改ざんが不可能なブロックチェーンによって担保されている。しかしクリプトエコノミクス[暗号経済学=トークンエコノミーの仕組み]によれば、各ブロックチェーンの成功は、ステークホルダーの総体がトークンの価値評価(とその分配手段)を決定する上でのビジネスモデルの有用性に左右される。ジャーナリズムへの応用の場合、そのステークホルダーとは記者・編集者・フリーランサー・そして読者らである。それゆえ、クリプトエコノミクスは伝統的なニュースのビジネスモデルの抜本的再構築を必要とすることになる。

3.]最後に、市民の公的データを保管するための政府主導型ブロックチェーンの台頭による影響がある。アルゴリズムによって成文化された規則に依拠し、契約締結・債務弁済・文書公証・証書登記などのプロセスを自動化する分散型ファイルシステムやスマートコントラクトの仕組みは、調査報道ジャーナリストによる情報アクセスを再定義することになるだろう。ジャーナリストはこれまでの開示請求に代わり、公文書へのアクセスを提供しまた制限する、ブロックチェーンによるスマートコントラクトに直面することになるのかもしれない。こうしたインフラはより効率的だが、高コストでもある。他にジャーナリストに関わる点としては、全ての情報公開請求のメタデータは永久的にブロックチェーンに記録され、誰でも確認することができるようになるということがある。これらはまだ少し未来の話だが、公的記録に関するインフラ自体が変貌しうるため、ジャーナリストが想定するべきシナリオとなるのかもしれない。


[中略:「イントロダクション:その定義の難しさ」「ブロックチェーンとは?」「ブロックチェーンの基礎知識」の3セクションを割愛]


ブロックチェーン in ジャーナリズム

ブロックチェーンとは、ほぼ全形式の機密データを保管でき、しかも多数の人々がアクセスし追記できるものである。であるならばそれは、厳重管理が必要なデータ・共同で作業する人々の2つが共通して関わる、様々な場面へのソリューションとなる可能性を秘めている。報道業界はその一つのケーススタディである。なぜなら、そこで行われている1日あたり数万もの記事による価値創造は、ニュース制作・配信・消費の複雑なシステム、つまり記事がシェアされ・マーケティングされ・読まれ・リアクションを受けるという一連の工程に基づいているからだ。

ジャーナリストは対価を支払われなければならないし、ニュースは読者に信頼されなければならない。裏付けのない情報や噂は、情報が集められニュースが報じられる過程における一定の透明性によって挑戦されなければならない。

既存の報道機関はその豊富な資金によって、記者とメディア事業のプロがコンテンツを制作・配信し、同時に開発者とシステム管理者がデータサーバ・ファイアウォール・おすすめ表示アルゴリズム・ユーザートラッキングシステムなどを実装し運用するという、複雑なシステムを設計構築している。「ポスト産業ジャーナリズム」*1 [筆者が所属するコロンビア大学ジャーナリズム大学院のタウ・デジタルジャーナリズムセンターが2012年11月に発表した論文の題名]などとこれまで呼ばれてきたものは、落とし穴と機会をそれぞれ孕んでいる。それは急速に変動しつつあるデジタル情報エコシステムの中で、報道機関が、プラットフォーム企業やコンシューマー向けエレクトロニクス業界全般を徹頭徹尾追い続け、提携を結ぶかさもなくば方針転換を迫られる立場に追いやられているということだ。

VR・AR・ライブストリーミング・ゲーミファイド[遊びの要素を取り入れた]ニュースと同様、ブロックチェーンもまた、喫緊の問題への潜在的ソリューションとして見られてきた。*2 既にいくつかのニューススタートアップ企業が、特定の課題へのブロックチェーンによる解決策として、または仮想通貨など様々なブロックチェーン技術を組み合わせた持続可能なビジネスモデル創出に向けて、動き出している。

ターゲット型ソリューションは、ブロックチェーン型サービスへのサブスクライブなどによって、ブロックチェーンを既存の報道機関のインフラ内で動くアドオンとして活用するものだ。こうしたサービスには、記事公開日時や初出の情報を確実に保護するための分散型アプリケーションなどがある。現状ジャーナリズムが多分に依存している広告ビジネス向けには、ブロックチェーンによる広告インプレッション数の計測・統計サービスによって、メディア企業が特定の広告についての過剰なデータ分析に費用をかけなくて済むようにもなるだろう。また今後、報道機関は “Token-Curated Registry” (TCR) と呼ばれるシステムのステークホルダーになりうる。これはビジネスパートナー等のリストを特定の指標によってランク付けし、ブロックチェーンを通じて「編集する」ことが可能なレジストリのシステムである。

ハイブリッド型ソリューションにおけるブロックチェーンの活用例は、上で述べたような様々な種類のデータの保管に留まらない。それは、プライベートチェーン上にステークホルダー志向の組織たちによるネットワークを作り上げることで、そこに参加している各ノードが、TCRなどブロックチェーン内に保管されているデータを自由に参照し、ネットワーク全体のガバナンスに参画することを可能にする。

まとめると、以下が現在[2019年1月時点]メディア業界において試みられているブロックチェーンの応用例の方向性である:

・ターゲット型ソリューション:ジャーナリストやメディア企業が、日常的に使用するメタデータを安全に保管・編集できるシステムとしてブロックチェーンを活用する
・ハイブリッド型ソリューション:ターゲット型ソリューション + 仮想通貨 = 透明性が担保されアカウンタブルな、自治性に立脚したビジネスモデル

このセクションで検討する第3の分野は、ブロックチェーンがデジタル化記録の情報管理システムとして行政レベルで採用された段階における、ジャーナリストによる公的情報アクセスである。公文書の全般的なデジタル化とアクセスの自動化により、「情報の自由」請求[アメリカ合衆国におけるFreedom of Information Actに基づく公的情報開示請求]・内部告発・リークがみな過去の話となるような世界はまだ少し先の未来の話ではあるが、最近の応用例の傾向からして、ブロックチェーン管理型の行政記録に関する課題と機会は今後表面化していくだろう。

ニュースメディアと広告主のためのターゲット型ソリューション:Po.et, Adchain, SocialFlow

Po.et]ターゲット型ソリューションの例としては、タイムスタンプ・著作権・出典・デジタルアセットの分配など、コンテンツのメタデータをセキュアに管理するためのブロックチェーン活用モデルを設計している企業、Po.et *3 が挙げられる。メディア企業が当然顧客なのであるが、記者は自らの署名記事の知的財産権の保護を望むし、フリーランサーも他人によるコンテンツの違法な盗用を防ぎたいだろう。配信型ニュースコンテンツは、双方が同意した分配の仕組みに則ってコンテンツ提供者に使用料が支払われない限り、機能しない。また過去記事のアーカイブシステムは、公開日時と初出媒体の改ざん不可能なログなど一定のセキュリティを必要とする。*4

Po.etは現状まだ剽窃行為に真っ向から立ち向かうことはできていないが、代わりに正統なコンテンツ提供者の「評判」を保護することによって、盗作者をフィルターして取り除くことを目指している。本質的には、Po.etは保護対象とするオリジナルコンテンツを発掘することに注力していて、ネット上のコピーコンテンツ問題にはだいぶ不干渉である。Po.etはこのビジョンの実現のために、技術的レベルにおいては、出典やアーカイブへの特殊で永続的なリンクや、公開されたコンテンツに紐づけられた改ざん不可能なタイムスタンプを提供している。ネットワークのレベルでは、コンテンツ発掘・長期ライセンス契約・著作権保護などをアシストする、セキュアな取引市場として機能している。

具体的に何を行なっているかというと、Po.etはBitcoinブロックチェーンを使って”claim”をカウントしている。Claimとはニュース記事もしくは断片的なコンテンツにおけるメタデータ、つまりタイムスタンプ・著者・著作権情報などを含んだものである。Po.etのオープンソースプロトコルはこれらのclaimをさらに大きなグループへ統合し、そしてその一括処理アルゴリズムをブロックチェーンネットワーク上に定置させる(つまり証明する)。*5 ブロック内に組み入れられ定置されたデータは、ファイルサイズがとても小さい。通常は各claimごとの実際のデータの保管場所であるIPFSネットワークへのリンクのみしか含まれない。(IPFS (InterPlanetary File Systems) については最終章[未訳出]で詳しく述べる。当面は、個別のハッシュ値によって規定されるためにデータやシステム内のファイルそのものが(ブロックチェーン同様)改ざん不可能であるような、サーバーのネットワークとして理解していてもらえればよい。)

Po.etは、Frostと呼ばれるAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)を通じて独自のブロックチェーンへのアクセスを担保することで、claim申請を簡略化している。FrostはWordPressベースのCMS(コンテンツマネジメントシステム)に統合することができる。具体的には、ひとたびニュースメディアが自前のWebサイトに記事を投稿したら、またはブロガーが新たなコンテンツを作り上げたら、CMSに統合されているFrostシステムの一部が即座にメタデータのスナップショットをPo.etに送信し、ブロックに組み込まれたあとIPFSノードに参加しているコンピューターに保管され、そしてそのアドレスはPo.etブロックチェーンに明記される、という流れになる。

各Bitcoinブロック内のclaimの在り処を見失わないために、Po.et独自のノードシステムが一連の長きにわたる取引の流れを監視している。その一連の流れには、提出されたclaim、IPFSの位置、そしてBitcoinネットワーク内のブロックのヘッダーハッシュとブロックハッシュなどのデータが含まれる。各ニュースメディアはPo.etのサービスをサブスクライブして、自前のコンテンツと投稿に関するデータを安全に改ざんを防ぎながら保護することができるだろう。

AdChain]ビジネス面について言うと、デジタル広告業界は管理が難しいことで悪名をはせている。ソーシャルメディアプラットフォームがデジタル広告市場の大半を独占し、またアルゴリズム化された広告システムがどのサイトのどのユーザーにどんな広告を表示させているのかを正確に割り出せないような場合は特にそうである。ブロックチェーン企業アクセラレータのConsenSysから資金調達を得たAdChain *6は、それぞれの広告主がどんなニュースメディアと提携したがっているのかを可視化する token-curated registry (TCR) をライセンス提供している。このレジストリ自体はブロックチェーン内に保管されていて、そのチェーンのネットワークに参加する組織は、レジストリのランキングに異議を申し立てることも承認することもでき、それはランクを付け直した新規ブロックを提案し他の参加組織に承認(つまり証明)されるか却下されるかして行われる。

このやり取りはブロックチェーン上の全参加者が同じコピーを保持しながら進行するわけなので、レジストリ全体の変更履歴は改ざん不可能である。一方的に広告主とパブリッシャーの間を取り持つ広告仲介業者に手数料を支払う代わりに、token-curated registry は広告主とそのサービス内容のリストを可視化することのできる方法を提供する。

このレジストリがトークンによって起案される (token-curated) システムであることの真髄は、各ノードがランキングを更新した新規ブロックを提案する際に、トークンを消費してブロック承認プロセスを開始するというところにある。このインセンティブ設計はゲーム理論に基づいている。ネットワーク内のステークホルダーは、より多くの注目を集めて最終的にそのリストの価値を高めることになるので、きちんとしたリストを提案することを動機付けられている。*7 大学・フットボールチーム・レストランなど他の様々なサービスのランキングについても、リスト上の勢力・リストを起案するエージェンシーから利益を得る勢力の双方にとって、競争が激しいが潜在的に割に合うゲームと言えるだろう。

ある参加ノードがレジストリの変更を提案するとき、他の参加者たちも、入札金のような形で一定量のトークンを賭けることでそれに賛成か反対かを議決することになる。開票後、勝った側の投票者は賭けられたトークンの一部を享受するとともに、採択された提案者(もしくはその提案に対する反対者)が残りの大半を受け取る。負けた側の投票者や提案者[または反対者]は何も得られない。

このような分散型形式で選ばれた透明性の高いリストは、信頼性とアカウンタビリティを高める。リスト上のランキングが[アルゴリズムによって]自動的に広告料と掲載頻度を決定するようなシステムにおいては、レジストリを常に自らに有利な状態に保つことが非常に重要である。そこで広告主とパブリッシャーにとっては、リスト上に載った瞬間からコンスタントな契約の微調整が始まることとなる。ひとたびランキングが変更されれば、広告料も、Webサイトやモバイルアプリに配信される広告の種類も変わっていく。従って、レジストリ参加者・その変更を行うキュレーターの両方にとって、新しいレジストリのバージョンごとに開かれる異議申し立てもしくは承認のゲームに参加することにインセンティブがある。

SocialFlow]最後に、デジタル広告モデルそのものを打破しようとする動きの代表例として、SocialFlowによるUniversal Attention Token (UAT)を紹介する。これは
ユーザーアテンションを直接トークン化し、ユーザーの実際のエンゲージメントに基づいてパブリッシャーの評価を行うというプロジェクトだ。*8 SocialFlowは大手ニュースメディアと提携し、自らのエコシステムの中でのユーザーエンゲージメントを測定して、ユーザーから引き出したエンゲージメントによってパブリッシャーに報いることを目指す。ブロックチェーンの要素は、SocialFlowが選出したユーザーがパートナーのサイトで展開されているコンテンツに反応した際に受け取れる、デジタルトークンに関して実装される。

広告主は広告の掲載について対価を支払い、SocialFlowはその広告をパートナーメディアが提供する編集コンテンツに混じってキュレートする。こうしてユーザーにはトークンの授与によって、パブリッシャーにはSocialFlowがシステム内(ブランデッドコンテンツ[≒スポンサードコンテンツ]からパブリッシャーの自前コンテンツまで)を通じて収集するユーザーの固有IDに応じた法定通貨の支払いによって、双方に利益を還元する。ユーザー動向とトークンのトランザクション記録はハッシュ化され、例のごとくBitcoinのブロックチェーンネットワーク内のブロックに組み込まれて認証される。

トークン取引による、ユーザーとパブリッシャーの行動のインセンティブ設計については、次のセクションで紹介するハイブリッド型ソリューションの話題に繋がっていく。ブロックチェーンネットワークを活用するにあたって、ハッシュ化したメタデータを保管することと、セキュリティと透明性という強みに根ざしてマネタイズを行うこととは別々の事柄である。さらに(これまたブロックチェーンベースの)トークンが分散型ネットワーク・暗号化取引・分散型データベースなどと関わり始めると、それは全く別のレイヤーのサービスとなる。国家が発行する通貨や株式・債権・オプションなどの金融商品の大きな枠組みの内部で、事実上の独自通貨システムを築き上げることで組織行動を規定していくというトークンの可能性は、投資家・科学技術者・学者たちを魅了し、そして困惑させるトレンドの一つとなっている。

報道機関とフリーランサーのためのハイブリッド型ソリューション:Civil

最新の(そして開発途上の)ハイブリッド型システムの事例は、ニュースメディア・ジャーナリスト・投資家のネットワーク、Civil *9 である。Civilもまた[上述のAdChainと同様]ConsenSysから資金提供を受けた企業であり、ブロックチェーン技術と、仮想通貨型ビジネスモデルによって組織された伝統的報道機関の混合物である。*10

2018年10月、デジタルトークンを発行して投資家から資金を募りブロックチェーンネットワーク内のステークホルダーを募集する新規仮想通貨公開 (ICO)の失敗を受けて、現在はConsenSysのファンドに依存しながら加盟報道機関のレジストリの維持・拡大を続けている。*11 Civilが独立した援助を受けているため、加盟記者は給与を受け取り続け、団体としての報道機関はなんとか存続している状態だ。

しかしCivilは依然として、ブロックチェーン技術の中小メディア企業への提供を拡大していく機会を窺っており、その最新の[2018年1月時点]事例としては、WordPress.orgの親会社Automatticとの提携がある。Automatticの新たな出版プラットフォーム「Newspack」上に機能を追加し、ジャーナリスト・ブロガー・その他コンテンツクリエイターが自身の著作物をIPFSドメインにアーカイブするとともに、そのメタデータをCivilのEthereumベースのブロックチェーンに記録することができるようになることを目指している。*12

Civilのブロックチェーンへのハイブリッド型アプローチの象徴として、Civilネットワークに参加している報道機関が、ネットワークの構成に関して投票しCivilの運営規約への提案または異議申し立てを行う「ガバナンス」*13のためにトークンを保有するという仕組みがある。インフラ面では、CivilはEthereumのAPIを使用して加盟報道機関のための独自のコンテンツマネジメントシステム(CMS)を開発している。このCMSはWordPress型の編集プラットフォームに似ているが、ジャーナリストがCivilトークンを介して読者から直接寄付を募ることのできるマイクロペイメントシステムを兼ね備えている。加盟ジャーナリストはその給与の大半がCivilトークンによって支払われるので、そのトークンの価値を高めることをインセンティブづけされている。こうした雇用形態の論理的な帰結は、各ジャーナリストがCivilのいわば株主となるということであるが、アメリカ連邦政府の見解では、トークンにより支給される賃金は実在の株券とも証券とも見なされていない[そのためストックオプションに関する規制を回避している]。もちろん、トークンそのものとその全ての取引はブロックチェーンに基づいている。

まとめると、Civilのブロックチェーンは複数の目的を有している。それはトークンの根底にあるインフラであり、そのトークンは加盟報道機関による(ちょうど株式が株主議決権に連動しているように)ガバナンスのために、またジャーナリストの給与や著作権料の支払いに関して、使用される。*14

ジャーナリズムにおいては(電子通貨システムとの対比において)「価値」と「ステーク[掛け金・利害関係]」は異なるものであるため、そこでブロックチェーンが果たす役割も違ったものとなるだろう。仮想通貨にとっては、各ノードがネットワーク総体とその延長線上にある通貨の価値を維持するために行う活動を、全ノードがチェックし検討しそして報いるためには "trustlessness"[法定通貨における中央銀行のように、中央集権的に信頼された上位の存在が不在であること]が必要とされる。ジャーナリズムの世界はその代わりに、信頼性・透明性・コンスタントな話し合いを必要とする。ただし、ジャーナリストと編集者は自らの仕事を、親会社もしくは公平なメディアの持つ中心的な権威によって伝えていきたいだろうし、けれどもお互いが対等なP2P型ネットワーク環境で働きたいとも思うだろう。であるならば、ブロックチェーン技術の応用は有益なソリューションである。なぜなら、こうしたアプリケーションはオープンソースで開発され、報道業界向けプロダクト(CMS、タイムスタンプツール、広告トラッキングシステムなど)を推進するために改良されうるからである。

と同時に、ブロックチェーンベースの仮想通貨は、投資家や新たなニュース機関がネットワークに「買い入り」し、他のネットワーク参加者の活動を統制(議決の主催・異議申し立て・賛同など)するために「ステーク」を使うことを可能にする。最後に、これまた仮想通貨によって、マイクロペイメント(ブロックチェーン上に保管される取引)によってジャーナリストを支援することが可能になる。これにより、今まで数セント程度の小口の支払いを全く無価値なものにしてしまってきた、割高なクレジットカード決済手数料を回避することができるのである。

[Civilの基本構想が詰まったWhitepaperの日本語訳はこちら

ブロックチェーンとパブリックデータ

こんにち、ブロックチェーンの導入で公的データへのセキュアなアクセスを提供するという実験を行なっている政府がいくつか存在する。中でもエストニアはよく、ブロックチェーン行政サービスを世界に先駆けて国家レベルで導入した国として名前が挙がる。*15 E-Estoniaは国民・国内営業の法人に対し、ブロックチェーンを通じて公的記録へのアクセスを認めるサービスだ。エストニア共和国の公的記録システムへなされた全ての申請や変更は、ブロックチェーンネットワーク上に保管・証明される。デジタル化された公的記録そのものは[全ノードで共有するのではなく]依然国のデータベース内に保管されているのだが、そのデータへの全てのアクションが、改ざんができないようにブロック内に記録されていくというシステムになっている。

エストニアがこうした公共インフラレベルのブロックチェーンの導入を拡げているのは、クラウドコンピューティングネットワーク上に整備されたスマートコントラクトの仕組みによって、民間企業と政府機関の間のアカウンタビリティの溝を埋めたいという理由がある。

民間企業でも政府機関でも、クラウドサービス上にデジタル記録を保管することは、過去10年ですでに比較的普通のことになりつつある(一例として、CIAなど米国政府機関もAmazonのAWS[アマゾンウェブサービス]によるクラウドコンピューティングやドライブ機能を使用している*16)が、そのシステムにさらにブロックチェーンを組み入れることによって、クラウド内で行われる各タスクやトランザクションの記録がより可視化されるようになる。しかしながら、そうした巨大組織レベルでのブロックチェーン導入については、1秒あたり1ペタバイト[=1,024TB]ものトランザクションの記録・承認処理に耐えうるのかというDAppsのスケーラビリティの問題を考える必要がありそうだ。

ブロックチェーンによる公的データ管理が普及すれば、未来のジャーナリストが取材のため公的記録の閲覧を行う場合に、そのデータへのアクセスに関する新たな課題と機会が生じうる。「情報の自由」請求制度[アメリカにおける行政情報公開制度]の代わりに、市民と、集合的な意味での公民(そこにはジャーナリストが含まれる)のそれぞれに異なるアクセス権を設定する行政ブロックチェーンのような形を取っていかなければならないのかもれない。そこでは全ての公的記録請求と、それを受け公開されたデータはブロックチェーンに保管される。スクープのネタを秘密裡に漁りたいジャーナリストにとっては、こうしたシステムはかなり厄介なものになるかもしれない。


[中略:「ブロックチェーンの未来」のセクションを割愛]


結論

一見非常に難解で複雑なブロックチェーンだが、実はコンピューター同士のP2Pネットワークを構築するための単純な仕組みである。ブロックチェーンは、共有データベースへの変更履歴をセキュアに記録することによって、それを永続的なものにする。今後ブロックチェーンと仮想通貨それぞれの応用が進められていく中で、それらの根底にあるブロックチェーンのもっともコアの部分にある機能が、より目に見える形で現れてゆくだろう。

ジャーナリストやニュースメディアにとってのブロックチェーンとは、将来的にはマネタイズに活用しうる輝く金の卵であると同時に、年貢の納め時ということでもある[強調訳者]。前者については、ブロックチェーンはマイクロペイメント・デジタル広告トラッキング・著作権証明などへのソリューションとなる可能性があり、それはメディア企業の損益計算書の帳尻を合わせ、さらに増益に転じさせるポテンシャルを秘めている。

その反面、ブロックチェーンはメディア組織のヒエラルキーや役割構造を根底から揺さぶる力を持っている。こんにち、ブロックチェーン技術が法的枠組みから逸脱した金融取引のツールであることから脱却し、もっと多様な活用例が注目され始めた現段階において、その技術の公共性・システムに組み込まれた透明性・データを永続化させる能力がジャーナリズム業界の主流派の支持を獲得できるどうかは、まだまだ未知数である。


参考文献

[訳出部分の引用文献のみ引用して掲載。原註では*17から*32となっている]

*1:C.W. Anderson, Emily J. Bell, and Clay Shirky, “Post Industrial Journalism: Adapting to the Present,” Tow Center for Digital Journalism, 2014, https://academiccommons.columbia.edu/doi/10.7916/D8N01JS7.

*2:Matthew Ingram, “Does ‘Universal Attention Token’ Sound Good? Then You’re Going to Love the Blockchain,” CJR, September 4, 2018, https://www.cjr.org/the_new_gatekeepers/universal-attention-token-blockchain.php.

*3:The Po.et Foundation, whitepaper, https://uploads-ssl.webflow.com/5a0c978e0d22aa0001464356/5a7796662b07370001ace7a1_whitepaper.pdf.

*4:Matthew Ingram, “Jarrod Dicker on What the Blockchain Can Do for News,” CJR, March 2, 2018, https://www.cjr.org/innovations/blockchain-poet.php.

*5:David Turner, “Breaking Down Po.et: The Architecture,” Medium, November 26, 2018, https://blog.po.et/breaking-down-po-et-the-architecture-f468216a7ae7.

*6:Mike Goldin, “Token-Curated Registries 1.0,” Medium, September 14, 2017, https://medium.com/@ilovebagels/token-curated-registries-1-0-61a232f8dac7.

*7:Mike Goldin, Ameen Soleimani, and James Young, “The AdChain Registry,” MetaXchain, Inc, https://adtoken.com/uploads/white-paper.pdf.

*8:Frank Speiser et al., “Universal Attention Token,” SocialFlow, August 2018, https://more.socialflow.com/acton/attachment/24868/f-0106/1/-/-/-/-/UAT%20White%20Paper.pdf.

*9:Matthew Iles, “The Civil Constitution (beta),” Medium, May 4, 2018, https://blog.joincivil.com/the-civil-constitution-beta-64460a181e08.

*10:Matthew Ingram, “ A Civil Primer: The Benefits, and Pitfalls, of a New Media Ecosystem,” CJR, August 13, 2018, https://www.cjr.org/business_of_news/civil.php.

*11:List of newsrooms participating in the Civil network: https://civil.co/newsrooms/.

*12:Guillermo Jimenez, “Make Journalism Sustainable Again,” Decrypt, January 18, 2019, https://decryptmedia.com/4586/newspack-wordpress-civil-make-journalism-sustainable-again.

*13:John Keefe, “How to Buy into Journalism’s Blockchain Future (in Only 44 Steps),” Nieman Lab, September 19, 2018, http://www.niemanlab.org/2018/09/how-to-buy-into-journalisms-blockchain-future-in-only-44-steps/.

*14:Vivian Schiller, “A Non Blockchain-y Person Explains Civil,” Medium, July 27, 2018, https://blog.joincivil.com/a-non-blockchain-y-person-explains-civil-d9f59d5d2c96.

*15:E-Estonia, “FAQ: KSI Blockchain in Estonia,” https://e-estonia.com/wp-content/uploads/faq-ksi-blockchain-1.pdf.

*16:AWS Government, Education, and Nonprofits Blog, “Announcing the New AWS Secret Region,” November 20, 2017, https://aws.amazon.com/blogs/publicsector/announcing-the-new-aws-secret-region/.

※この記事は、2019年6月にはてなブログに投稿したエントリーの再投稿です。