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反フランスデモの始まり 愛国者学園物語 第206話

 強矢と共に集まった10万人の日本人至上主義者たちの怒りは収まらなかった。彼らの中から、

反フランスデモをしよう

という意見が現れて、それがすぐに実行された。東京や愛国者学園のある名古屋だけでなく、日本の主要な都市では、週末になるとフランスとファニーへの怒りを書いたプラカードと、日の丸を掲げた人々が、デモを繰り広げた。

 その中には

強矢悠里

もいた。小学生の彼女がデモ隊の先頭で日の丸を持ち、その後を多くの大人が行進している姿は、多くの人の目を引いた。日本のマスコミもその光景を報道し、あるテレビニュースが強矢を褒め称えたことで、他のテレビ局も追随した。彼らに疑問を持つマスコミ関係者もいたが、彼らのニュースは多くの支持を得られなかった。ファニーに対する怒りのほうがはるかに大きかったからだ。


 そんなデモを見て、

このデモは将来の反中国デモの予行演習でもある

、とネット社会で誰かが言い出した。もし将来、台湾海峡危機が起きたら、日本全国で大規模な反中国デモを起こそう、そして中国にノーと言おう。だから、この反フランスデモはとことんやるべきだ、フランスに抗議しなければ日本は舐められる、それじゃダメだ。

 そういう意見がコピペされ、無数に増殖してネット社会を流れていった。そしてそれが人々の心を燃やすまで、そう時間はかからなかった。公安警察のネット監視AIは、その動きを素早く見つけていたが、公安はそれを見つめるだけで何もしなかった。


 その一方で、ある噂が酒屋業界に広まった。フランス産ワインのうち値段が安い物を買い占めている連中がいる、というものだ。名古屋のある酒屋には、

お宅には安いフランスワインがあるか、

という問い合わせの電話がかかってきた。それを受けた店員は、相手が安いだけのワインを探していると思い、フランス物よりも安いワインを勧めたのだ。すると、相手はフランス物だけを探している、と言って怒り出したではないか。店員は謝って相手の予算などを聞き出すと、相手は、それらをどれくらいの量用意出来るかと質問し、結局、大きなトラック1台分も買って行ったのだという。

 応対に出た店主は、買いに来た男たちが愛国行動隊のシャツを着ていたのに気がついた。

 このような、フランスワインの買い占めはやがて日本のあちこちで行われるようになった。耳の早い業界雀たちはこの動きを察知して、「彼ら」が欲しがるような品物を多数仕入れたが、なぜ彼らが安手のフランスワインを欲しがるのか、凄腕の業界人でもその理由はつかめなかった。


 

 やがて、ファニーの本が日本各地に広まるにつれ、彼女に対する怒りがあらゆる場所で吹き出した。

 かつては、テレビの仏語講座のアシスタントとして、大型の日本製バイク乗りとして、そして日本語が上手な親日家として、多くの日本人から愛された彼女であった。しかし、数年経った今は、なぜか、彼女は日本に対する怒りや不信感をさらけ出し、それが故(ゆえ)に多くの日本人を悲しませ、あるいは怒らせていた。

(なぜ、彼女が? なぜこんな非道いことを言うの? 日本が大好きだったんじゃないの?)

 ファニーに裏切られたと思った人々の怒りと悲しみが、爆発する時が迫ってきた。

 
 それはある日、突然、燃え上がった。

ファニーの本を燃やす連中

が登場し、その様子を動画にして、あちこちに流した。もちろん、21世紀の焚書(ふんしょ)は、それをやっている連中の大騒ぎのせいで、どの媒体でも無数のアクセス数を稼いで、ランキングのトップになった。

 それだけではない。

フランスワインのボトルを激しく叩き割り、ワインを排水溝に流す人間たちの動画も広まった。

彼らは目出し帽で顔を隠し、AIの声でファニーへの怒りをぶちまけた。それらの動画では、どこかの家のキッチンで、ワインを流しに捨てる様子、あるいは、人の目のない野外でワインを水のように流して騒いでいる様子も流された。少なくない数の瓶詰めワインがそうして処分され、連中の笑い声が世界に広がった。


 世間がそのワイン捨て騒動に驚いていると、多くのフレンチレストランに電話がかかってきた。

「おい、お前の店はフランスの高級ワインを客に出しているだろう。お前らはフランスの味方か? すぐに止めろ。もし止めなければ、お前の店に行って、ワインセラーを破壊する」

 これはあるレストランにかかってきた脅迫電話の文言だ。そのような電話が日本各地のレストランに繰り返しかけられて、警察はその対策に奔走(ほんそう)しなければならなかった。実際に、レストランを襲撃する人間たちもいたからである。彼らはファニーとは何の関係もないレストランを襲い、ワインボトルを割り、従業員に乱暴して言った。

「あのフランス女を許さない」

と。レストラン業界の関係者は、こうして理不尽な攻撃にさらされることになった。


 彼らはそのような電話を受けると、ただちに、高級ワインを避難させた。脅迫に応じて1本100万、200万円する高級ワインを販売中止にする馬鹿はいなかったからである。だが、混乱に乗じて悪どい商人に変身する連中もいて、それらのワインを高値で売りに出した。ぐずぐずしていると、こういう立派なワインが襲われてしまいます、という言葉をつけて。

 これが平時なら、そんな戯言(たわごと)を信じる馬鹿はいなかったにちがいない。しかし、大量のフランスワインを処分するような動画が繰り返し流されると、人の心は耐えられない。デマと焦りに煽られて(あおられて)、戯言を鵜呑みにする連中が現れた。そしてそれをさらに煽る悪者たちがいて、値段はさらに跳ね上がった。この騒動の前、1本300万円から400万円だったロマネコンティの値段は、わずかな期間で700万円を突破したが、それでもそれを欲しがる愛好家はたくさんいた。

 

 レストランに暴力的な電話をかけた容疑で、少なくない数の若者が逮捕された。

日本の警察には多くの日本人至上主義者がいて、彼らはファニーの言動に怒っていたが、それでも、社会の治安を守るという役割を担う(になう)気持ちはあった。それに上司が日本人至上主義者であっても、脅迫電話の件を無視することは難しかった。だから、店に放火すると脅迫した13歳の女子中学生が見つかり、身柄を家庭裁判所に送られたこともあった。 

 ワインを下水に流す暴挙に、世界各国から非難の声が向かった。

そのような動画を公開しているアカウントの閉鎖要請が飛び交い、あるアカウントが消えると、その代わりが雨後の筍(たけのこ)のように現れた。やがて、ワインだけでなく、

バゲットと呼ばれるフランスパンやクロワッサンを踏みつける動画が登場した

。それはあっという間に広まり、いくつかの有名サイトがそれらの動画を削除したが、効果はなかった。まるで、何度打ちすえても生えてくるヒドラの頭であった。


続く
これは小説です。

 ファニーの日本を批判する本に対する怒りは、ワインを捨てたりフランスパンを踏んづける暴挙に発展しました。それを知った日本の官房長官はなんと言ったのか。そして、フランス政府のコメントとは?
次回 第207回「パンを踏んだ娘」お楽しみに!


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