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高校生のわたしと、遠きパリの書店

やっと訪れたその書店で、何人もの作家と同じように窓からノートルダムを眺めた。

高校2年生の冬くらいのこと。いつもは淡々と話すクール女子だった親友Hが、やや興奮気味で「これ、あげる! ジンコにも読んでほしいからもう一部もらってきた」と手渡してきたのは、パリのおしゃれな写真で飾られたフリーペーパー。そのなかでもとりわけわたしのこころを踊らせたのは、子どものためのカフェをやっているパリジェンヌと、当時シェイクスピア&カンパニー書店の店主だったジョージ・ホイットマン氏の記事だった。

ホイットマン氏は、貧しい作家たちをこの書店に住まわせ、彼らの創作活動を支援してきた人物だ。まずお店のファサードが落ち着いた雰囲気の緑色というところが絶妙で、この店のユニークさも物語っている。そして、天井まで届く本棚に本がぎっしりと並べられた店内は、まるでダイアゴン横丁のフローリシュ・アンド・ブロッツ書店のよう。極めつけは、フリーペーパーにでかでかと掲載されていたホイットマン氏のポートレート。こんなすてきなおじさんが、こんなすてきな書店を経営しているなんて……! と何度もそのページを開いたものだ。

それから数年して読んだのが、『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』。偶然にもこの書店に住むことになったカナダ人の新聞記者が、ここでの出来事や人々との交流をつづっていく。実はこの本を読んだのはずいぶん前で、詳細までは覚えていないのだけど、ホイットマン氏はユーモアと厳しさを兼ね備えた人物であり、すごくリアルに感じられたのが印象的だった。

そして、それからまたさらに数年。わたしは、はじめてパリのセーヌ左岸にあるシェイクスピア&カンパニー書店を訪れた。ホイットマン氏はすでに亡くなっていたし、有名になりすぎて観光客ばかりだったけれど、ついに来たという達成感がわたしのこころを満たしてくれた。2階へ上がると、本当にソファやベッドが置いてあって、また感動する。わたしは窓際のソファに腰掛けて、しばらく外を見つめていた。いったい何人の作家がここからこうして、対岸にあるノートルダム大聖堂を眺めたのだろうか。しかし、わたしの目に映っていたのは、その年の大火事で焼け落ちたノートルダムだった。

シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々
ジェレミー・マーサー/著
市川恵里/訳
河出書房新社/刊


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