【文献レビュー】身体の柔らかさはスポーツ障害・外傷の発生にどう影響するか?

1.はじめに
身体の柔らかさは、一般的に傷害予防や競技パフォーマンスの向上、体力の向上に欠かせない要素であり、柔軟性が高いほど障害や外傷が起こりにくいと考えられている。

加齢や性差が柔軟性に与える影響、あるいはスポーツ障害・外傷に柔軟性が与える影響については様々な報告があり、一致した見解は得られていない。

身体の柔らかさをどう捉えるか、関節の弛緩性(可動性)や筋・腱の伸張性など様々であるが、そもそも身体の柔らかさとは何を示すものなのか明確ではない。

目的
文献調査により、身体の柔らかさの定義を示し、その加齢変化との関係、月経周期を含めた性差との関係、スポーツ障害・外傷との関係を明らかにし、さらには、身体の柔らかさの視点からスポーツ障害・外傷の予防の効果について言及すること。

2.身体の柔らかさとは何か?
身体の柔らかさ=柔軟性(flexibility)、可動性(mobility)で表現される。
・柔軟性:外力が加わって筋や軟部組織が伸びて動く範囲。
・可動性:運動動作の中で、自らコントロールすることによって動かすことのできる範囲。
→用語の違いは多くの場合厳密に区別されていないと考えられる。

柔軟性
名詞“flexibility”は、“曲がる”を意味するラテン語の動詞“flectere”や形容詞“flexibilis”に由来する。

関節柔軟性の定義1~5)
「身体の関節の可動範囲内で身体運動を円滑に、しかも広範囲に動かすことのできる性能のこと」

関節柔軟性の定量化方法
体力測定における立位体前屈や長座体前屈など
→検者に特別な技術を要求しないため、多くの被検者を対象とする際に活用できるという利点がある。

リハビリテーションなどで特定の関節におえる傷害からの回復過程を定量化する場合や、スポーツ選手などを対象として特定の関節の柔軟性を表アkする際には、全身の柔軟性を対象とする方法では不十分であることも指摘されてきた。6.7)

関節事に柔軟性を定量化するものとして、関節可動域(range of motion:ROM)の計測が広く行われるようになった8.9)。ROMとは、身体の各関節が、傷害などが起きないで生理的に運動することができる範囲(角度)のことで、解剖学的に正常な可動範囲の角度と運動方向が定められている。
・能動的なROM:自らの筋力により関節を動かすことのできる範囲。
・受動的なROM:外力により関節が動かされる範囲。

柔軟性
・動的な柔軟性:ROMのように単独の数値で示されるものではなく、スティフネスのように関節や組織への外力と関節の可動範囲、または組織への外力と組織の伸張との相対値で表される。
・静的な柔軟性:ROMなどで示され、関節が一定条件のもとで可動する角度で表される。

身体柔軟性
文字通り、身体全体の柔軟性のことで、関節にとどまらない広い身体部位に影響される。身体柔軟性に影響を及ぼす要因には、関節内外の結合組織、骨格筋や腱等の伸張性が含まれる。身体柔軟性の評価には、身体部位をどこかに近づけた距離や身体抹消部位の移動距離を測定する方法が一般的である。

関節可動域の測定をもって身体柔軟性の評価とすることもある。この場合、関節弛緩性のスコアで骨格筋や腱の伸張性などを評価する。何らかの原因で、関節がその伸展可動域を超えて動くことを関節の過可動性という。

過可動性の評価基準の中で最も採用されている基準10)
1.手首の掌屈を伴って他動的に拇指が前腕につく
2.肘関節が10度以上過伸展する
3.膝関節が10度以上過伸展する
4.第5指が他動的に90度以上過伸展する。
5.立位で、膝関節を屈曲することなく手掌を床につく
以上の各症状を1~4は左右それぞれ1点、5は1点の合計9点で表す。

関節の可動性10.11)
体操選手やクリケットのスピンボウラー、ヨガ、ダイビング、バタフライ泳法をはじめとした水泳などで、パフォーマンスを高めるかもしれない。しかし、行き過ぎた関節弛緩性は時に病的な状態を示すこともある。

以上のことから、特定の関節の可動性を調べるためにROMを用いた評価が一般的になり、身体の柔らかさの表現が可能となったが、身体柔軟性や関節弛緩性の研究結果において一致した見解が得られていないのが現状である。翻って、身体の柔らかさは、身体の柔軟性が低い極から柔軟性が高い極の間を示すに留まらず、柔らかすぎる関節弛緩性を含む広い概念と捉えることができる。

3.柔軟性と関節弛緩性の加齢変化、性差12~21)
柔軟性と関節弛緩性の加齢変化については、今日までに様々な研究がされている。今までの先行研究を総合すると、加齢とともに柔軟性や関節弛緩性は低下すると言える。また、柔軟性と関節弛緩性の性差は、計測項目や方法によって異なる結果の報告がされていることがわかる。その中で、関節弛緩性は性差が確かめられないが、柔軟性には性差があるという報告が多くみられた。以上のことから、加齢に伴って、身体柔軟性や関節弛緩性が低くなることと、女性では関節弛緩性に月経周期が関与することを考慮して、柔軟性と関節弛緩性それぞれの指標で評価することが重要であると考える。

4.身体の柔らかさとスポーツ障害・外傷との関係10.22.23.24)
 身体の柔らかさとスポーツ障害・外傷との関係につい て、一般的には柔軟性が高いほど損傷発生が少ないと考 えられているが、関節の過可動性が高すぎる場合は関節外傷などの損傷発生が高まると指摘されている。しかし、関節弛緩性と外傷との関連については、関節弛緩性の高い者で外傷が多いとする報告の一方、少ない とする報告があり、一致した見解は得られていない。さらに筋柔軟性と外傷との関連についても、一致した見解 は得られていないことが報告されている。

いくつかの先行研究による報告から、筋柔軟性は高いほど障害発生が少ないのに対して、関節弛緩性は高すぎるとスポーツ障害を引き起こす原因となり得るといえる。その推察されるその関係について図1に表す。

図1.身体の柔らかさとスポーツにおける怪我の発生率との関係

5.スポーツ障害・外傷を予防する介入の効果ー身体の柔らかさの視点から
 スポーツ障害・外傷を発症する1つの要因として、身体の柔らかさが影響していると考えられる。このことを踏まえ、スポーツ障害・外傷を予防する介入の効果について述べた文献を調査した。27~33)

6.おわりに
 身体の柔らかさは、柔軟性と可動性を含む概念であると考えられた。可動性は、関節弛緩性をはじめとした過可動性を包含することを示した。柔軟性と関節弛緩性は、加齢とともに減少すること、並びに性差があり、女性ではげ系秋季が関与することを記した。身体の柔らかさは、スポーツ障害・外傷と関連し、硬すぎても柔らかすぎてもスポーツにおける怪我に繋がりやすいことを示した。スポーツ障害・外傷を予防するために、ストレッチによって適度な柔軟性を得ることが大切であることが考えられた。

 しかし、スポーツ障害・外傷は、コンタクトスポーツで偶発的に発生するに限らず、非コンタクトスポーツでも店頭、転落、着地の失敗、身体のひねり、滑りなど、様々な状況で生じ得るため、身体の柔らかさと因果関係を明確に示せず、また、横断研究が主におこなわれている。このような理由で、スポーツに伴う怪我に対するストレッチの効果を検証するのに限界があり、研究の累積によりメタアナリシスでの検証、メカニズムの解明がおこなわれることが望まれる。

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