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お母さんになりたかった話②

前回は、妊娠がわかって、家族みんなで幸せを
共有したところまででした。


4年勤めた介護施設を退職

夫の転勤が決まり、それに合わせて仕事を辞めることになっていました。

その頃は介護現場ではなく、介護事務員として働いていました。
すでにつわりが始まっていて、座っているのがやっと。ほとんど仕事してません。泣

まだ心拍の確認もできていなかったので、職場の方々には報告しないまま退職日を迎えました。
明るく送りだしてくださった皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。


そこからは引っ越し準備を進めながら、週に一回
産婦人科に通いました。
でも何度行ってもお医者さんは「おめでとう」と
言ってくれません。

「まだ小さいね。赤ちゃんらしきものは映ってるけど」
「病院に来るのが早かったのかもね」

もうすぐ転居することを伝え、紹介状を書いてもらいました。
結局、その病院では心拍を確認できないまま
引っ越しになりました。

黒い空間のなかに ぽつんといるのが赤ちゃん


その時期の体調、精神面

・体が熱い(常に37度を維持している感じ)

・とてもだるく感じて、
 午前中の1時間、午後の1時間しか動けない

・乳房や股関節、腰がちくっと痛む

・とにかく空腹が続く(俗にいう食べづわり)

・げっぷが止まらない

「これがつわりなんだ!赤ちゃんがいる証拠だ!」と興奮している自分がいて、体が動かない状態でも
「辛い」と思ったことはなかったです。

空腹が続いて気持ちがわるいときは
お茶漬けをよく食べていました。
パンだと全然満腹にならないので
ハンバーガーを食べたあとに唐揚げ定食を食べたりも…

そうしてみるみる体重が増え、
最終的には5キロ増。
赤ちゃん、小豆と同じ大きさってアプリに言われてますけど…

妊娠中によく使われているアプリ、トツキトオカ
1週間ごとに赤ちゃんの大きさを教えてくれる



すぐに活動限界を迎えるので、なにか食べてから
横になって、気絶したように眠る。
また1時間、引っ越しの準備などをして、
また気絶。

そんなサイクルなので 夜はもちろん眠れません。
このときにオードリーやバナナマン、おぎやはぎ、
Creepy Nutsのラジオを聴き始め、長い夜を過ごしていました。
今でもradikoでよく聴いています。


引っ越し当日

気絶しながらの引っ越し準備はなかなか大変でした。
一軒家から、少し離れた街の2LDKへ。
断捨離しまくり。
私たち夫婦とお義母さんの荷物は
業者さんと、夫の教え子達が運んでくれました。

家族三人とも、20年以上住んだ町です。
でも私は
「寂しい気持ちが2割、大きな街への期待が8割」

だってチェーン店がたくさんあるんですもの…!!


吐き気を抑えながら、みんなが運び出してくれる様子を眺めました。
思い出の詰まった家が がらんどうになっていく。

でも私にはもっと大事な、守るべきものができたんだ。
赤ちゃんのおかげで心が強くなって、
明るい未来しか見えませんでした。


お義母さんには介護施設に数日泊まってもらって、
部屋が整ってから迎えに行きました。
お義母さんが新しい暮らしに慣れるまで、
たくさん一緒に過ごしました。

お散歩をしたり、喫茶店に行ったり。
お義母さんはコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり
いれて、ゆっくりとスプーンでかき混ぜます。
それでも「苦いわ〜」と笑う姿を眺めるのが好きでした。

スティックシュガー 1本目


夫とは、念願のチェーン店巡りを二日に一回はしていました。笑
そして着実に体重を増やしていくのです。

引っ越し当日、一発目のチェーン店はコメダ



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