「はぐるまのでんき」
***
あるとき、タロウは不思議に思いました。
電気って、どうして、つくんだろう。
お母さんは、電柱や電線の話をしてくれたけど、タロウが知りたいのはそれではありません。
スイッチを押すと、ついたり消えたりする。
その電気のしくみが、気になったのです。
タロウは考えました。
きっと、壁の中に歯車があって、それが回ると電気がつくしくみなのです。
「その歯車は、どうやって回るの?」
お母さんが、聞きました。
「壁の中で、だれかが回しているの」
タロウくんは、答えました。
お母さんは、「えーこわいやん」と笑いましたが、タロウくんは笑いません。
絶対そうだと思いました。
だって、壁の中から聞こえるんです。
クルクルと歯車が回る音と、回す人の小さな声が。
夜。
トイレに起きたタロウは、廊下の電気をつけようと、スイッチを押しました。
でも、なぜかつきません。
天井を見上げ、何度もスイッチを押しましたが、電気はつきません。
おかしいな。
タロウくんは、考えました。
歯車の故障かな。
壁の中で、何かあったのかしら。
タロウくんは、スイッチの近くの壁を見ました。
すると、さっきまで何もなかった壁に、見たこともない穴が空いているではありませんか。
タロウの頭が一つ、入るくらいの穴です。
壁の中が、見えています。
タロウは、穴の中を覗き込みました。
そこには、「人間」がいました。
おとなの大きさの人間です。
タロウは、「壁人間だ」とおもいました。
「壁人間」は、壁の隙間で目をつむって、寝ていました。
壁の隙間には、たくさんの歯車があって、レバーがひとつ見えました。
どうやらそのレバーを回すと、歯車が回転して、電気がつくようです。
でも、「壁人間」が眠ってしまっていたので、廊下の電気がつかなかったのです。
タロウは、「壁人間」を起こしました。
「壁人間」は、すぐ起きました。
何もしゃべりませんでした。
タロウは、レバーを回して、廊下の電気をつけるように言いました。
すると、「壁人間」は立ち上がり、レバーを握って回し始めました。
タロウは壁の穴から顔を出すと、廊下の電気のスイッチを押しました。
ぱちり。
電気がつきました。
これなら明るい。
タロウは安心して、トイレを済ませました。
戻ってくると、まだ穴は空いたままです。
タロウは、また穴の中に頭を突っ込みました。
そして、「壁人間」に言いました。
「たまには出てきて、こっちで遊ばない?」
「壁人間」は、穴からゆっくり出てきました。
そして、タロウに手を引かれ、寝室の隣の子ども部屋に向かいました。
そこで、ほんの少しのあいだ、ふたりは静かに遊びました。
トミカをして、ブロックをして、お絵描きをしました。
ふと、「壁人間」が立ち上がりました。
何も言わずに、そのまま部屋を出ると、思い出したように壁に空いた穴の中に戻っていきました。
タロウは、お絵描きに夢中で気づきませんでした。
「タロウ、何してるの?」
顔をあげると、お母さんが立っていました。
すこしびっくりした顔で、「もう起きてたの?でも、まだ起きる時間にはなってないよ?」と言いました。
部屋の時計を見ると、4:00と書いてありました。
カーテンの外は、まだ薄暗いままです。
「トイレに起きた」
「そうなん?ぜんぜん気づかなかったよ。もう少し布団に居ようか」
お母さんは、そのままトイレに行きました。
タロウは、廊下に出て、穴のあった場所を見ました。
壁には、何もありませんでした。
壁の穴も、「壁人間」も、何にも。
タロウは、穴があった辺りに近づき、壁に耳を当てました。
「何してるの?早く布団行くよ」
トイレから出てきたお母さんが、背中をぽんと叩きました。
タロウは頷いて、お母さんといっしょに寝室に戻りました。
お母さんは、廊下の電気を消しました。
壁の中では、歯車が、静かに止まる音がしました。
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