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短編小説「味覚障害」


 彼女はストレスにより味覚障害となってしまった。彼女の仕事はリポーター。しかも内容はグルメリポーターである。彼女は病院に通い、投薬から心理療法などありとあらゆるものを試した。通院期間は思ってたより長くなり、待合室で雑談できる通院仲間がきるほどであった。お互いの職種の話や、相手も同じ味覚障害であることなど、多くのことを語り合った。しかし、そんな期間の長さと裏腹に、病院での治療はどれも彼女を喜ばせる結果には結びつくことはなかった。



 彼女は仕事を休職した。原因はストレスにあるため、心機一転を図り登山やマリンスポーツなどを楽しんだ。貯めていた貯金を惜しむことはしなかった。少しのケチが、(やっぱり、やっておけばよかったかもしれない)と、後々になって大きな後悔に変わることを恐れてだ。これ以上のストレスを溜め込みたくないのである。




 しかし、それによって得られた結果は、病院といい勝負であった。投薬は続け、病気が快方に向かう様に祈りながら日々を過ごしていった。そしてある日、彼女は気づいた。今の自分にとって食事とは作業であること。焦がしすぎた目玉焼きを朝食に食べても、料理人の思考を凝らした芸術的な作品を食べても大して差はない。そして、これは自分の仕事の強みになるということに。




 彼女は職場復帰し、すぐにディレクターに相談した。「どうか私をからい料理や世界の珍味の専門のリポーターにしてください」「これは変なお願いだな。普通はその様な専門は避けようとするのだが……」と、ふしぎがるディレクターに彼女は自分の状態を説明したあと、「どんな料理も笑顔で美味しそうに食べてみせます。つらい表情を浮かべ必死に食べ物を食べるのは、今視聴者には求められていません。家庭料理を食べる様に笑顔を作り、どんなものでも食べるリポーター。これは絶対に売れます」笑顔を浮かべ彼女の溌剌はつらつとした提案を聞き終えると、ディレクターは少し考え込み、こう続けた。




 「面白そうな考えだが、実は君が休職中に全く同じことを言ってきた子がいてね、今その子で何本か番組を取り終わってるんだ。どうだい、一旦見てみるかい?」そう話し、ディレクターが彼女に見せた映像には、かつての通院仲間が映っていた。その姿はまるで、病院で聞いていた通院仲間の女優としての仕事ぶりを見てる様であった。



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