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短編小説【出会い】

 


 「教頭先生、その様な理由は今の子どもたちには通用しませんよ。今の子どもたちは多くの情報に触れる機会と、自分たちの疑問を調べる能力に長けてます。隣のクラスと比べ小さな違和感なんて感じれば、すぐにコレですよ」私はデスクに座る教頭に向ってスマホを操作するジェスチャーを見せ異議申し立てた。教頭先生は白髪交じりの頭を搔きながら、少し俯き、「でも子どもたちのことを考えると、そんなに悪いことじゃないと思いますよ」と、力なく答えた。時刻は既に夜の9時を回っており、職員室には私と教頭先生の2名しかいない。昨今のハラスメント撲滅の世論を受け、この高校では教職員2名のみの長時間業務従事を禁止している。私はこの心がけは素晴らしいものであると思っているが、暗黙の了解として〝しかし、同性同士の場合は言及しない〟という考えが蔓延しており、納得できていない部分も確かにある。つまり、今回の様に教頭先生の無理難題に対する最適解として、問題を棚上げにして帰路につくという選択肢は初めから存在せず、とことん話し合うしかないのである。




 
 私の怒りに似た反発を受け教頭は一見しおらしくはしているが、「わかりました。私が間違っていました」といった、否を認める言葉は一向に口にしていない。私はこのような状況になった同僚を何人も見てきた。そして、この状況から気を緩めた瞬間、静かに反撃の糸口を探しているの教頭先生に言いくるめられ、渋々自分の意見を折る姿もである。 (子どもファーストで、ロマンばかりを追い求める教頭先生の頭の中はお花畑過ぎる……。現実的な話しをしたところで、伝家の宝刀である『子どもたちの可能性を潰す気ですか?』で無理くり論点をずらされる。切り口を変えなければ駄目だ)私は不意をつく意味を込め、一旦教頭先生の意見の素晴らしさを口にすることにした。
 
 




 
 「教頭先生の提案は正直大変よいものだと私も思います。転校生がくる前から私のクラスの後ろに机と椅子を1セット準備しておく。それによって子どもたちは、昼食の配膳の時や清掃の時に転校生のことを考えるようになりそこに思いやりが生まれる。その考えに教育に向き合う教頭先生の真摯な姿勢を感じずにはいられません」
 





 
 私の言葉を受け教頭先生は小さな声で、いやいやそんなことはありませんよ。と否定したがその表情には微笑みが浮かんでいた。私はというと、自分の選択が思いもよらない好感触であったため拍子抜けしたが、ここで手を緩めてはいけないと気を引き締め更なる追い打ちを続けることにした。
 
 





 「子どもたちの行動の先を読み、心の発育を促がす。言葉では簡単ですが、いざ現場で実行するとなると具体的な案など私には一つも出てきません。事実、私はそこまで先を読んで子どもたちに日々接することなどできておりません」
 



 
 教頭先生の優秀さを称え、その対比として口にした私の自責的な告白は教頭にとって予想外のものであったようだ。その証拠に教頭先生は、明らかな焦りの色を浮かべながら右手で頭を掻きだした。そして右手を止めずにゆっくりと語りだした。
 




 「そんな大仰なものではありませんよ。子どもたちの生活というのは、私たちと違い新しい刺激で常に満ちています。その最たるものが人との出会いです。人との出会いは視野を広げ、自分の思いがけない才能が開花することも少なくありません。そんな可能性のある一つ一つの人との出会いを大切にしてほしく、私は子どもたちの環境を整備するのです。いいですか先生、何度も私は言ってますが、〝例え、まだ転校生の受け入れ依頼が来てなくても机を置いておくことに意味があるのです〟そうすれば、いつか転校生が来た時に『———なんだお前たちもう既に知り合いなのか?だったら転校生の席はちょうど空いているそこでいいな』という、青春の王道ともいう出会いの手助けができるかもしれませんからね」
 




 
 教頭先生はそう話すと、夢見る少女しか宿すことができない憂いの瞳を一瞬だけ宿した。その瞳により、教頭先生に再度ロマンばかりを追い求める理想論を口にしてもらい、少女漫画過ぎる展開を期待する馬鹿馬鹿しさを自認してほしかった私の目論見は、見事に水泡に帰したことがよくわかった。
 




 
 (その出会い方なら、担任の先生は私のような女性じゃない方が絶対いい……。この下準備は隣のクラスでやった方が絶対いいのに、なんでこの気持ちを理解してくれないのかな……)私は自分の妄想を実現させるため、まだまだ教頭先生と解釈違いについて語り合わなければならない、と気合を入れ直した。
 
 



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