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短編小説「必要悪」


 私が必要悪として働き始めた経緯をお話しします。これはあまり真似できない事のようですが、皆様には特別にお教えいたします。もし機会があれば是非ご活用ください。




 私はその日、気づいたら部屋の中にいました。




 木目だけ見てもそれらがかなりの樹齢を全うしたことがわかる木材たちが、部屋の壁面を成していました。部屋全体の色調は朱色をベースとしており、また私が通っていた分校の体育館ほどの広さがありましたが、なぜが圧迫感を感じたのを覚えております。きっとそれは私が背にする一方以外の三方全ての壁に嵌め込まれている窓がすりガラスとなっており、外の景色を見ることが叶わなかったからかも知れません。




 「いろいろな装飾が気になりのは分かりますが、どうぞそこで立ち止まらず、こちらまで来てください」言葉こそ丁寧ではありましたが、私の挙動理由を見透かす様な怒鳴り声が部屋に響きました。私は無意識に姿勢を正すと部屋の中央は歩を進めました。怒鳴り声の主である大男は部屋の中央のデスクに向かい私を睨んでおります。椅子に座ってこそいますが、姿勢や表情は太々ふてぶてしくある程度想像していた面接の雰囲気とは全く別物でした。




 「貴方みたいな人は最近多いのですが、どうせ見たところで意味はありません。さっさと面接を始めましょう」大男は彼の丸太ほどある首と同程度の腕を組みながら、威嚇する様な表情を私に向けたのです。大男の視線は同じ男性である私でも、泣き出したくなるほど恐ろしい表情でした。そのため私はこの日のためにずっと語りたかった心情を、落ち着いて述べることができなかったのです。





 「私は……。盗人です」私のすすり泣きのような小声を大男は聞き漏らしませんでした。「そんなのは知っていますよ」大男はそう短く答えると、デスクの上に置いてあった手鏡を手に取り眺め始めました。「貴方は盗人だ。でも、見たところそんな性根でもなさそうですね。金銭や慕情ぼじょう、名声に労働それに仁愛などにいても、なんら眩惑げんわくされる者ではない。でも、貴方は盗人だ。盗んで何がしたかったんですか?正直に教えてください」大男は毛虫のような眉毛を眉間に寄せ、鋭利な犬歯を剥き出し質問しました。私の緊張は最高潮を迎え涙を流しながら告白したのです。





 「仕方なく……です」「何で仕方なく盗人になるんですか?」「仕方なくなんです、ほんとうは……やりたくなかった。でも、我慢できなかった……」「何で我慢できなかったんですか?」大男いや——閻魔様は雷鳴のような怒号を私に浴びせました。私はいよいよ気を失いそうになりましたが、最後の勇気を振り絞って叫ぶように答えました。





 「私の胃袋はきっと神様が設計を間違えたんです。だって私はいくら食べても食べてもお腹が減ります。本当なんです。空腹をごまかすため色んな事をしてきました。朝露を被った草を食べ、ぬかで胃袋の気を紛らわしたりは日常でした。しかし私は空腹によりとうとう気が狂い、人様の畑のトマトを拝借してしまいました。そして気づいたらこの場に立っておりました。この胃袋が働いた何ともし難い空腹は飢餓道の苦しみでした」私は心に留めて置いた鬱憤を吐き出し話し終えると気を失ってありました。




 その後は気づいたらこの場にいたのです。幼い頃に絵本で見た桃源郷つまり天国と言われる場所です。私は最初、何かとの手違いだと思いました。しかし、何処からともなく聞こえてきた閻魔様の声により私は涙を流しました。閻魔様は何とも慈悲深い裁量を私に与えてくださったのです。




 「貴方のような類まれなる大食いはここに住む人々にとってお恵みを分け与えやすい。格好の必要悪として重宝されるでしょう。貴方の空腹が満たされることを願います」





 そして今では飢えを感じる事なく、飢え死にしたあの頃とは比べ物にならない幸せな暮らしをしております。




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