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書評(普通の本)

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ワーキッシュアクトは労働なき世界への一歩となるか?【アンチワーク哲学】

ワーキッシュアクトは労働なき世界への一歩となるか?【アンチワーク哲学】

労働の廃絶を目指してアンチワーク哲学を提唱する僕だが、「誰も道路を整備しなくなればいい」とか「誰も老人のオムツを替えなければいい」などという破滅的な思想を唱えているわけではない。むしろ、そのようなエッセンシャルな機能が社会から失われつつある状況を打破するためにも、労働の撲滅を訴えているのである。

そういう意味では、エッセンシャルワーカーの人手不足と、それに対する打開策を提示するこの本は、僕の問題

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近内悠太『世界は贈与でできている』を読んで【書評】

近内悠太『世界は贈与でできている』を読んで【書評】

これは、とある読書会のテーマになっていた本だ。僕はもともと読書会の日に予定が入っていたので、結果として参加することはできなかった。が、この機会なので読むだけ読んでみることにした。そして、「感想を述べたい」という振り上げた拳をnoteにおろすことにした。

僕はこの本を4年ほど前に一度読んでいた。そのときもなんとなく違和感を抱いていたことを覚えている。が、当時はその違和感を明確に言語化することができ

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村上靖彦『客観性の落とし穴』を読んで

村上靖彦『客観性の落とし穴』を読んで

最近は本を読む余裕がなかった。リハビリがてらライトな新書を読もうと思い、適当に手に取った一冊がこれ。『客観性の落とし穴』である。

明らかにひろゆきをディスりたそうな帯のテキストから、ひろゆきをディスる本なのかと思っていたら、意外とそういう話ではなかった。客観性という概念が生まれた歴史的背景と、客観性信仰によって被った社会の変化、そこから抜け出すヒントを取り上げた本だった。これだけの壮大なテーマを

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『もうじきたべられるぼく』とかいうクソ絵本、こき下ろしていいか?

『もうじきたべられるぼく』とかいうクソ絵本、こき下ろしていいか?

たまたま立ち寄った本屋で、タイトルが気になって立ち読みしてみた。僕は知らなかったのだが、どうやら(この本の触れ込みが正しいのだとすれば)TikTokで「泣ける」と話題になっている絵本らしい。

アマゾンのレビューを見ても「泣けた」とか「考えさせられた」とか、そんな感想で溢れかえっている。

が、この絵本、僕が見たところ、とにかく嘘くさい。というか、単純に嘘なのだ。

ストーリーを雑に要約するとこう

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栗原康『超人ナイチンゲール』を読んで

栗原康『超人ナイチンゲール』を読んで

アナキストブームの立役者のうちの1人、栗原康によるナイチンゲール伝。

栗原康といえば、伊藤野枝や大杉栄といったぶっ飛んだ人物をぶっ飛んだ文体で語り尽くすスタイルで知られている。だが、個人的にナイチンゲールにそこまで「ぶっとび感」があるとは思っていなかったので、意外性を感じて読んでみた。

読後感はといえば、悪くないものの、煮え切らないものだった。

イギリス上流階級の良妻賢母の枠に押し込められる

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マイケル・トマセロ『行為主体性の進化』を読んで

マイケル・トマセロ『行為主体性の進化』を読んで

行為主体性のことについて考えてばかりいる昨今、僕の関心と重なる部分があると思って期待しながら、この本を手に取った。

残念ながら、あまり読んだ意味を感じない本だった。

この本はタイトルの通り、ぼけっと口を開けて餌が飛び込んでくるだけのミミズのような存在から、爬虫類、哺乳類、大型類人猿をへて人間に至るまで、どのように行為主体性が進化してきたのかを論じる本だ。

僕が不満を感じたのは、行為主体性とい

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クリス・ミラー『半導体戦争』を読んで

クリス・ミラー『半導体戦争』を読んで

僕は見渡す限りにお花畑が広がるユートピアを夢見る左翼として自己像をブランディングしてきたが、こういう下世話な本もこっそり読んでいる。

これを喫茶店でおおっぴらに広げて読むのは少し気恥ずかしかった。あたかも僕が世界情勢の未来を予言し、めざとい投資とビジネス戦略で大金を稼ごうとする諸葛孔明気取りのおじさんであるかのような印象を持たれるかもしれないからだ。

残念ながら僕は諸葛孔明を気取りたいのではな

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グレーバー&ウェングロウ『万物の黎明』を読んで

グレーバー&ウェングロウ『万物の黎明』を読んで

「この本は、瞬く間に世論を席巻し、歴史を変えるに違いない」と確信する本に、これまで何度か出会ってきた。例えば『ブルシット・ジョブ』『Humankind』『ティール組織』などである。実際にこれらの本は、僕のようなごく一部の人々を勇気づけ、知的興奮に誘った。しかし、残念ながら瞬く間に歴史を変えるような事態にはならなかった。例えば、僕が自称読書家が集まる読書会で『ブルシット・ジョブ』を紹介しようものなら

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トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』を読んで

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』を読んで

索引と注を除いても931ページ。税込価格で6930円。ピケティが想定する読者層である「市民」の大半は、この本を読むくらいならアニメONE PIECEを全話(約1000話)観る方を選ぶだろう。

しかし、その選択は賢明とは言えないかもしれない。ピケティの文体は読みやすく、グラフでの図解も多いため、想像以上にさくさく読み進められる。それに、知的好奇心を刺激するような描写も多く、アニメONE PIECE

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ラース・スヴェンセン『働くことの哲学』を読んで

ラース・スヴェンセン『働くことの哲学』を読んで

そう言って、埃まみれの積読エリアにピケティ『資本とイデオロギー』がやってきた。自分がリアルタイムで興味関心のあるテーマと、新発売された本が噛み合わないことはよくある(と、言い訳しておこう)。

代わりに読んだのが『働くことの哲学』である。

この本は、以下の書評でいただいたコメントの中でタイトルが上がっていたので、読んでみたのだ。

(そろそろ、労働哲学者でも名乗ろうかと思ってきた。宗教の教祖とか

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トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』を読む前に

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』を読む前に

ピケティよ。素晴らしい熱意であることは認めよう。その熱意によって書かれた『資本とイデオロギー』は素晴らしい本であると認めよう。

だが、市民はその熱意を受け取る準備があるだろうか?

この本を、市民が読むだろうか?

あまりにも分厚い。こんな本を最後まで読み切る人は、恐らくほとんどいないだろう。

とは言っても、最近は「全部読まなくてもいい」「気になる箇所だけ読めばいい」という風潮が蔓延している。

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鷲田清一『だれのための仕事 労働vs余暇を超えて』を読んで

鷲田清一『だれのための仕事 労働vs余暇を超えて』を読んで

自分と似たような主張を発見したときは、複雑な感情が込み上げてくる。

特にその主張が、自分独自の考察であると確信していた場合には、自分だけの秘密基地に誰かが土足で上がり込んできたような、そういう感覚を覚える。

それでもなお、自分の考えが第三者によって裏付けられたという心強さを感じられるし、自分の考えとの微妙な相違点に気づき自分の独自性に対する確信を強める結果に着地することもある。

要するに、自

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中山元『労働の思想史』を読んで

中山元『労働の思想史』を読んで


■この本を読むきっかけ教養の幅広さ至上主義(もうちょっといい名前がつけられそうだが、まぁとりあえずこう呼ばせてほしい)みたいなものが、近ごろ自称インテリ界隈の中で跋扈している気がする。僕はこういうマウント合戦には極力参加しないつもりでいたのだが、知らず知らずのうちに参加していたらしい。最近、そのことに気付かされた。

僕は「労働」というテーマについて本を書いたし、次もこのテーマをさらに発展させて

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ハイデガー『存在と時間』を読んで

ハイデガー『存在と時間』を読んで

いやぁ長かった。最初から最後まで読み終えるまでに2ヶ月くらいかかったのではないだろうか。2ヶ月もあれば、読みたい本はどんどん増えていくのだが、その間も我慢してひたすら『存在と時間』を読み続けた。

なぜ読もうと思ったのか? 僕は『存在と時間』とは、体育会系の香りが漂う実存主義の1形態に過ぎないという先入観をずっと抱いていて、これまで敬遠していたのだ。が、ついに読もうと思った。

読もうと思ったきっ

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