衿沢世衣子【シンプルノットローファー】

『制服ぬすまれた』で俄かに(?)認知度が高まっている著者の連作短編集で、とある女子高、とあるクラス、とある瞬間を切り取った群像劇。別段事件らしい事件も起こらない、はっきりとした起承転結もない。分類としては「日常系」になるのかもしれないが、そう分類してしまうのも憚られるような手触りの作品で、じゃあこの手触りはどこから来るのか。

他の漫画やアニメでは〇〇回というのがあって、この作品もある意味では同じように、各話では一応特定の登場人物にフォーカスされて描かれている。が、どうにも印象が異なる。何と言うか「その登場人物のキャラを表す特異なエピソードを無理やり捻出している感じ」が一切ないというか、超感覚的な話だが「時間の厚み」みたいなものが感じられて、ここで描かれた、切り取られた時間の外でも、彼女たちはこうして生活しているのだろうな、と想像させられてしまう。

ブルボン小林氏の言葉を借りれば「キャラ」ではなく「個性」が描かれている作品である。この二つの差異を私なりに解釈すれば、一目でわかる鮮烈な特徴の集合が「キャラ」で、普通に生活している中でじんわり滲み出てしまう(故に画的にはやや弱い)のが「個性」となる。「キャラ」も「個性」もどちらが良い悪いという話ではなくて、作り手側がどこまでそれに自覚的か、というのが重要なように思われる。「個性」を描く場合は、わざとらしさをなるべく排する必要があって、 この作品からはそれがきちんと処理されているというか、彼女たちがめいめい普通に生きているのだろう、という手触りが残る。

この作品に限らず衿沢作品は、一コマ一コマで色んなことがきちんと起こっているし、この舞台設定においては尚更それが機能している。各話の本筋(筋らしい筋はないけれど)には関係のなさそうな人物たちの何気ない動作や会話が挿入されて、それがこのクラスに生じる「時間の厚み」に一層寄与している。
全体的にすごく肯定感に溢れているのもとても良くて、絵も瑞々しいから、あれこれ考えずぼんやりと読んでいるだけでも楽しい気分になれる。十年前の作品だが今でも時折読み返す、相当に好きな作品です(サインも貰いました)。

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