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第3章:ラブホテル街のストリートで覇王に出会う

「サウナに精神性なんて求めるな」
僕は家康に言った。

 家康は水風呂で合掌しながら精神統一を図っていた。奇妙な呼吸法もしていた。周りのサウナーが怪訝そうに家康を見つめる。危ない奴とは距離をおこうとする人々。誰も目線を合わせない。かまわず合掌しながら水風呂で長い時が流れる。

 この日のサウナは鶯谷の萩の湯だ。庶民的な銭湯サウナ。ラブホテル街の立ちならぶ街並み。淫靡なホテル街を抜けた場所に立地する萩の湯。銭湯サウナの醍醐味は湯船のバリエーションの豊富さだ。萩の湯は光マイクロバブル湯、電気風呂、炭酸泉、高温風呂(44°C)が用意されている。
 外気浴を終えた後のマイクロバブル湯は最高だ。ぬるま湯なので、何分でも湯船に入っていることが可能だ。そして都内屈指の炭酸泉風呂、たった5分の入浴で血流が4倍になる。

 この日は秀吉が計画している新たなプロジェクトのミーティングの日だった。僕はひょんなことから家康のサポートという名目で、彼らのネットビジネスの仕事を手伝う羽目になってしまったのだ。そこに意義や意味性が見いだせなかったが、全国でのベーシックインカム導入が来年となった今、もはや仕事はレクレーション、娯楽となっていく運命にある。ならば、仕事の選択をシリアスに考えても無意味だろう、と僕は考えていた。

 家康は怪しいネット情報の影響なのか、サウナでの神秘体験を求めているようだった。
「え、でも世間でいう“ととのう”って、こういう精神集中っていうか・・・」と家康は言う。
「秀吉がこの前も言っていただろ。言葉と情報の武器商品の理想的な姿について。安易なマーケティング用語に流されるなって。“ととのう”なんて状態はないんだよ」
 僕は家康を諭す。2020年頃から始まったサウナブームによりサウナマーケットは拡大。サウナ市場拡大の功罪。サウナの浸透の弊害だろう。最近では、サウナとスピリチュアル的な要素を組み合わせた新興宗教が都市部のインテリ層を中心に流行りだしていた。

 僕はヴィパッサナー瞑想を実践するものだ。ヴィパッサナー瞑想とはマインドフルネスメソッドの一種だ。ヴィパッサナー瞑想の特徴は、ただただ観察すること。アクロバティックな神秘体験や宗教的な啓示の対極にある。

 ヴィパッサナー瞑想法はミャンマーの仏教徒の間で伝承されてきたインドの最も古い瞑想法のひとつだ。2500年以上も前から生きる技として伝わる、インド最古の瞑想法。ヴィパッサナーとはパーリ語で「洞察」という意味を持つ。
 ヴィパッサナー瞑想の神髄は、呼吸を観察すること。呼吸と共に、自分の体に起きる微細な感覚を感じ続け、観察し続けるというものだ。真理を獲得するために、自分の内側を見つめ、自分自身を観察せよと説いたものである。

 秀吉が敬愛する歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏もヴィパッサナー瞑想の実践者だ。秀吉が僕と打ち解けたきっかけも、お互いにハラリ氏の一連の著作に傾倒していたからなのだ。

 ハラリ氏の2010年代の名著「21Lessons」での最終的な提言こそ「瞑想せよ。自身を観察せよ」だった。ハラリ氏はこの著書のなかで人類はAIに支配され、人々は「無用階級」に陥ると予言した。当時は、ディストピア的な未来予測と批判されたりもした。
 だが予言は的中した。2045年の今、人類は機械に支配されアルゴリズムに人生の選択肢を支配されてしまった。生きる意味は消失した。

 そんな状況を打開する人類復権のカギ、それこそが「ヴィパッサナー瞑想」だとハラリ氏は説いたのだ。瞑想とは“特別な感覚やエクスタシーを味わう”ためのスペシャルな体験ではない。瞑想は神秘体験でもない。そしてサウナも同様に神秘体験ではない。ゆえに、宇宙と一体化したりもしない。瞑想のような宗教的な体験こそ神秘的な側面を切り分けなければならない。宗教と神秘の融合はグロテスクな未来しか生まない。
 街中の牧歌的なヨガ教室だったオウム真理教は、いつのまにか日本最凶のテロリスト集団と化してしまったように。

 ハラリ氏の予言は現実化してしまった。だが、AIのアルゴリズム支配から脱却する術がヴィパッサナー瞑想かと言われると僕は疑問に感じる。
僕にとって宗教なんて遊びでしかない。若かりし頃は「女の子との新たな出会いの場こそ宗教」という自身の仮説を検証するためだけに、新興宗教に入信したこともあった。


(僕の入信レポート)

 瞑想を実践する僕だが、聖人君子のような瞑想愛好家には嫌悪しか感じないのだ。だって悪人を救済することが宗教の使命だと僕は思っているからだ。僕は親鸞のこの言葉が大好きだ。「悪人正機」の思想だ。

善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや。
(善人でさえ天国に行けるんだから、当たり前に悪人は天国に行けるに決まってんだろ!)

 えっ?普通は逆では?と普通の人は思うはずだ。良い行いを重ねた人より悪人が先に救われる? でも逆説にこそ真理があるんだ。
だからこそ・・・・

サウナを信じるな。
ヴィパッサナー瞑想を信じるな。

脳内ログイン

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現在日本では、指導等が殆ど行われていないものも含めて、6種類のヴィパッサナー瞑想が入って来ていると言われています。
それらヴィパッサナー瞑想のイロイロ。あれこれについて語って行きます。

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ゴエンカ式ヴィパッサナー瞑想はカルトなのか?

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無駄な感情に振り回されなくなったかな

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ヴィパッサナーも完全に趣味の領域で登山とかと変わらない。
悟りのツールではない。

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松本・地下鉄両サリン事件などで計29人の犠牲者を出した一連のオウム真理教事件をめぐり、死刑が確定していた教祖の麻原彰晃死刑囚(63)ら7人の死刑が7月6日午前に東京拘置所などで執行されたことが、関係者への取材で分かった。教団が起こした事件の死刑囚は計13人おり、執行は初めて。

現在日本にある某ヴィパッサナー瞑想団体も、カルト集団になる危険を孕んでいる。
その証拠には、団体指導者が集団で違法行為を行っているにも拘わらず、自浄作用が
全く働かず、協会全体がマインドコントロール状態にあり誤った方向に進んでいる。

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(フリーズ)

(再起動)

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 秀吉は分かれ際に僕にいった。
「かえるくん。小説創作には2つのルールがあるんです。ルール:その1。絶対にダサくて退屈な小説を書くな。ルール:その2。絶対にルール1を忘れるな」

小説?
秀吉は何の話をしているんだ?
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「かえる先輩、大丈夫っすか?」
家康の言葉に我に返る。どうやら僕はサウナ後の外気浴スペースでトランス状態に入っていたらしい。ミイラ取りがミイラってやつだ。聖者になんてなれないんだ。どうやら家康は自身のオナ禁論の最新学説を僕に熱心に説明していたようだった。僕の耳には全く入っていなかった。家康なりの熱い講義を聞き逃したことを謝った。なんでもオナ禁の秘法を発見したと主張する家康。まあ、どうせ家康のオナ禁の秘法なんて何かのパクリでしかないだろう。

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【閑話休題】家康の後日談

「オナ禁の秘法。僕は秘法を授かった。“秘法なんて人生に存在しない”って秘法を。そうなんだ。インドの山奥の聖者もオナ禁の秘法は持ってないし、田舎の実家の仏壇から謎のオナ禁を続ける秘訣が書いてある巻き物なんて出てこない。オナ禁の秘法を求めて世界一周の旅に出るのも無駄だ。なぜなら秘法は自分の足元にしか存在しないから。奇策なんてないんだ。秘法とは日々の“オナニーを我慢することの積み重ね”でしかないから」
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 浴室を出て階段を降りる。開けた気持ちのいい食堂&休憩スペース。萩の湯は食空間の充実度もウリのひとつだ。都内の銭湯やサウナ施設でこれだけ厨房スペースが充実している店舗は他にない。今日はこの後の秀吉との食事のため、軽くドリンクのみの利用を考えていた。休憩室の巨大モニターでは、巨額脱税事件で国税が動いているというニュースが報道されている。家族連れも多く平和な空間。

その休憩スペースに覇王は座っていた。

「うわっ。覇王さんがいるじゃん。」
家康がたじろぐ。僕は覇王の存在を知らなかった。長身で筋肉質。短髪でぎょろりとした目。独特のオーラが休憩スペースで異彩を放っていた。家康は小声で僕に覇王について説明しだす。
「覇王さんが覇王たるゆえん。それはパパ活の覇王だからなんです」
「パパ活?」
「そうなんです。覇王さんは混沌としていたパパ活界を独自の理論で制圧した人なんです。天下統一。パパ活という蛇の道。それを制覇したから覇王」
 なんでも家康は覇王に過去に一度だけ会ったことがあるらしい。会社経営者であること。仕事はネット系ビジネスだという噂を聞いたことがあること。家康が恐る恐る覇王に声をかける。

 覇王はなぜか初対面のはずの僕の目を見ていった。
「かえるくん、待っていたよ。今夜は性と聖と生について語ろうじゃないか」
僕は秀吉、家康以外にもここでまた一人、インターネットが生み出した奇形児と出会うことになったのだ。


【つづく】


※参考文献
「オナ禁の秘法/サワムラジャパン」


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