見出し画像

ブックサンタに参加してみた

ブックサンタなるものがあるらしく、今年からはじめて参加してみた。

さまざまな理由で大変な境遇にある子どもたちに、本を届けて素敵なクリスマスにしてもらおうというこの活動。まったく存在として知らなかったのだが、noteの記事を見て「これはぜひとも僕も」と感じた。

送った本は、『僕が消えないうちに』という、イギリスの児童文学作品。先日公開されたスタジオポノックの最新長編アニメーションである『屋根裏のラジャー』の原作となった作品である。映画も見てほしいという想いと、原作の素晴らしさにも触れてもらえたらという願いから、その本を選んだ。

どうやら小学生以上に向けた本が足りなくなる傾向にあるらしい。なので、大人の僕が読んでも面白いと感じた本にした。他の人はどのような本を選んだのだろうか。いずれにせよ、届いた本から、子どもたちの世界がいくらかでも広がり、豊かな人生の一部となることを願うばかりでらる。

***

余談だが、僕の子ども時代は「クリスマス」というものがなかった。
ものごころつく頃になると「クリスマス」という言葉は知っていたが、親にその話をすると

「我が家にクリスマスという行事は存在しない」

と言われたものだ。理由としては「うちは仏教だから」ということだった。日々念仏を唱えることもない家族だったので、へんな理由だである。つまるところ、クリスマスがめんどくさかったのだろう。

とはいえ、なんだかんだでクリスマスの時期にプレゼントはくれたものである。そりゃ、僕の周りの子どもたちが何かプレゼントを手に入れているとなると、僕だけ変な差が開くわけで。そんなギャップを埋めるためか、クリスマスプレゼントではない、親の個人的なプレゼントはもらっていた。

そのプレゼントが、いつも本だったのである。

日頃から「本ならいくらでも買ってやる」と豪語していた父親で、実際本であればなんでも買ってくれた。だから、本屋に行けば何かしらの本は買ってもらったし、父の読書の横で寝転びながらたくさん読んだものである。そんな父のクリスマスプレゼントといえばやはり本で、それも僕の好みを把握した上でのプレゼントであった。

だいたい山田悠介の小説にハマっていたから、山田悠介の最新作などが多かった。日々買っているから、ツボを押さえるのは簡単だっただろう。子どもの僕としても、それが嬉しかった。基本的に単行本ばかり買っていたが、クリスマスプレゼントはハードカバーだったりした。だから、今でも実家には、そのハードカバーがちゃんと置いてある。僕が普段買わないハードカバーの本だから、余計に特別である。

そんな経験をしてきたから、クリスマスの贈り物としての「本」は、大変意味がるものだろうと信じている。

***

図書館もいいのだが、やはり「自分の本」として手に入れることもまた、大切なのではないかと感じる。いつ何どきも読み返せるし、一つ一つの出会いが記憶としてあるし。本が物質としてそこにあるだけで、何か感じるものがあると思うのだ。

ブックサンタも、もらった子どもたちにとってはとても意味のあるものになるだろう。自分の興味がない本が届くかもわからないが、その本が物質として手元に届くだけでも、僕らの気持ちは伝わるはずだ。全部読まなくてもいいから、一行でもお気に入りの部分や考える部分があればなと、そう思うのである。

本好きはこんな感じに語り出したらキリがない。そんでもって、圧がすごいかもわからない。だから、顔が見えないくらいがちょうどいいのである。

今年はとりあえず一冊だけだったが、来年はまたいろいろと吟味してブックサンタに参加できたらなと。そして、この取り組みがいくらかでも他の大人たちにも広がるように、僕のできる範囲で何かしていきたい。

あらためて、子どもたちが素敵なクリスマスを過ごせることを、心から願っている。

2023.12.17
書きかけの手帖

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?