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「人権ビジネス」の思い出

人権講習の「謝礼」額


我々は野蛮人で、人権というものを知らないので、日本政府や意識の高い方々が、我々の理解を増進させてくれる。

ありがたや、ありがたや。


とはならないのは、LGBT法案問題にせよ、colabo問題にせよ、特定の団体や組織が、公金を使った人権ビジネスで儲ける図式を、みな恐れているからだろう。

意識の低い人たちを教育するーーそのため学校や企業、自治体で開かれる「人権講習」の類は、マスコミOBの再就職先にもなる。マスコミはいま絶賛リストラ中だから、こういう「天下り先」が増えるのは助かる。

セクハラ、パワハラ問題が起こるたびに、役員や社員は講習を受けさせられる。パワハラという和製英語は、もともと講習ビジネス業界が作ったものだ。

ああいう講習会の講師をやれば、1回5万〜20万円、もらえるらしい。

昨日、弁護士の徳永信一氏がツイートしていた。


一度、経験しないと、このビジネスモデルの旨味は、わからんやろな。同和行政=反差別講習=人権ビジネスモデル=公金チューチュー機構。 弁護士も定期的に人権講義に駆り出されます。僕も、薬害エイズをやった時は、の時は、人権講義を学校や病院や商工会で行いました。厚生省とエイズ拠点病院の形成にかかわりました。全国各地で講演に飛び回りました。 人権講習の講演料は5万から10万程度。まだ、ペーペーの頃でした。これを高いと見るか安いと見るかはそれぞれでしょうが。


それに対して、神奈川人権啓発センター(示現舎)がリプライしていた。


なお、解放同盟大阪府連元委員長の北口末広さんだと、1回の講演料20万円で交通費と接待付きです


1回10万でも、週1回、月4回やれば、十分食っていける。

法律で義務づけられれば、上の徳永弁護士のように、全国各地を飛び回る忙しい人も増えるだろう。

私にも声がかからないだろうか。


出版人が参加させられた「講習会」


私が体験した人権講習会の類では、やはり同和関連のものが思い出深い。上に引用したツイートで徳永氏が言うように、いまの講習会ビジネスの原点の1つでもあるだろう。


いまは知らないが、昔は出版社で、よく同和関係の人権講習に出席させられた。

私の記憶では、部落解放同盟の戦術が激しかったのは1970年代から90年代までだった。いわゆる「言葉狩り」が猖獗をきわめた。


私が行ったのは1990年代初めだ。もう30年前の話だ。

もちろん、積極的に参加したかったわけではなかったが、総務の人から、

「出世する人は、こういうのに出とかないといけないよ」

とかおだてられ、

「そうか、俺は出世するからなあ。行っとくか」

という感じで行ったのだ。


会場は、某出版社の会議室だった。

行くと、近隣の出版社の人たちが、10数人集まっていた。

最初の自己紹介を聞いていると、総務畑の人が多かった。編集の私は少数派だった。

編集者はプライドが高いから、こういう「学習」はしたくない。というわけで、どこの出版社でも、総務の人に参加を押し付けているらしかった。

「総務のあいつ、自分が行きたくないから、俺に押し付けたな」

と悟ったが、もう遅かった。

今から思えば、総務の人たちが気の毒だが。

(参加費のようなものを会社が払っていたはずだが、それについてはわからない。)


解放出版とかいう出版社の人が司会進行・管理していた。どっかの大学の講師だという男が、東京のある同和地区の話から、「屠殺業の歴史」みたいなものをレクチャーしだした。

屠殺がいかに誇り高い職業であったか、という話だ。ふーん、と思って聞いていた。

話の脈絡はよく覚えていないが、その話の途中で、当時問題になっていたある外国人著者の話を始めた。


1990年代前半に、カレル・ヴァン・ウォルフレンの「日本・権力構造の謎」という本が世界的ベストセラーになった。

その邦訳書の中で、日本の部落問題を説明する部分があり、原著の「buraku」という言葉が「部落」とそのまま訳されたのを、解放同盟が問題にした。解同は「被差別部落」という言葉を使うようマスコミを指導していたのだ。

それで解放同盟はウォルフレンの本の出版を妨害した。ウォルフレンはこれに憤慨したのだが(彼は外国特派員協会の会長でもあった)、この件を日本のマスコミは報じなかった。

当時、部落解放同盟の書記長だった小森龍邦のWikiに、この件が記されている。


(小森は)オランダ人ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレンの著書『日本/権力構造の謎』(早川書房)の記述を取り上げて、抗議を申し入れ、それをうけて1990年10月30日に実現したウォルフレンへの確認・糾弾に参加し、部落差別かどうかの判定権は部落民にのみあるとする理論を展開。ウォルフレンは、この一件を「国際的スキャンダル」と表現した。


差別かどうかの判定は、差別された側だけができる、というこの「理論」が強烈だったのですね。それでは一般人は沈黙せざるを得ない。


私が参加したその講習会で、講師が話題にしたのは、ウォルフレンではなく、別の外国人著者が当時、ウォルフレンに同意して解放同盟と日本のマスコミを批判していたことだった。

講師は、外国人は部落問題を理解していない、というようなことを話し始めたので、私はがまんできなくなり、

「ちょっと待ってくれよ。出版を妨害した方が悪いだろう」

と声を上げた。

すると解放出版の人が、

「静かにしてください!」

と制止した。

そこで大暴れしていれば、私の武勇伝になったのだが、そこまでの勇気は私になく、その後は腕組みして「早く終われ」と思いながら聞いていた。

会の最後では、みな、「今日学んだこと」を起立して言わされた。

他社の総務の人が、

「今日はとても勉強になりました。社内でもこの認識を広めていきたい」

とか何とか言っていたと思う。

私が何を言ったかはもう覚えていない。たぶん屈辱的だったから忘れている。

私には、2度と講習会への声がかからなかったのは言うまでもない。(出世しなかったのも言うまでもない)


新聞記者は喜んで「講師」になる


一方、新聞社に入ると、新聞記者の中に、解放同盟から講師の声がかかる人がいた。

人権問題にかかわる取材経験を話すのだろう。

新聞記者たちが、「とても光栄です」みたいな感じでそういう話を受けるのを、私は信じられない思いで見ていた。

少なくとも、言論出版の妨害問題について、けじめをつけさせてから協力すべきだろう、と思ったからだ。

しかし日本のマスコミに「言論出版の自由のために戦う」なんて気概はない。LGBTは「左」からの抑圧かもしれないが、「右」からの抑圧に対しても同じである。

出版界も、人権ビジネスの教材類、たとえば「LGBT理解増進マニュアル」みたいなものを出して商売にできる。

作家、文化人にも、喜んで講師になる人がいたが、私は軽蔑していた。

冷戦が終わり、1990年代後半になると、解放同盟の戦術への批判もふえた。解放同盟も路線を変え、今はかつてのようなことはしないようだが、かつてのことを反省して謝罪したという話も聞かない。


「ビジネス」として付き合う


「同和」も含めて、差別をなくそうという真面目な運動を「ビジネス」だと言うわけにはいかないだろう。

しかし、いつしかそうした運動に「ビジネス」が付着し、「運動」と「ビジネス」の主客が逆転し、さまざまな局面で「ビジネス」が「主」になり、反社会的にもなる。

何よりも、それが社会の中に組み込まれることで、我々一般人の「ビジネス」の中に入ってくる。

我々が、そうした「人権講習会」に参加するのは、究極のところ、参加しないと「ひどい目」に会うからだ。

「あそこの企業は人権がわかってない」と糾弾されるのが怖い。ビジネスが破壊される。

ウォルフレンが当時言っていたように、ヤクザのやり口と変わらない。


だから、ビジネスの延長として、忙しいのに「講習会」で退屈な話を我慢して聞く。

「大変勉強になりました。悔い改めました」

と頭を下げて言うまでがビジネスだ。


ビジネスの1つだから付き合っている、という意識は必要だし、重要だと思う。

それによって、自分の思想の自由を守ることができる。

人権屋がどんなイデオロギーを我々に注入しようとしても、表面上付き合っているだけで、思想の自由だけは明け渡さない覚悟はある。

私のように引退した人間も、過去に聞いた人権屋のゴタクを思い出して怒りがよみがえることがあるが、血圧に悪いから、「世の中すべてビジネスだ」「真面目に考えすぎるな」と自分に言い聞かせて、心を落ち着かせることにしている。

戦うべき人は戦ってほしい。

私にできたのは、あの講習会での一声くらいであった。

大方の人には、「これはビジネスだ」という姿勢でやり過ごすのをお勧めしたい。




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