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復讐の女神ネフィアル 第1作目『ネフィアルの微笑』 第1話
マガジンにまとめてあります。
暗い灰色ばかりが視界に入る街がある。ジェナーシア共和国の中部に位置する、大きな河川沿いの街だ。
河川には様々な舟が行き交い、人々や物を流れに乗せて運ぶ。大抵は商用だが、単なる楽しみのために旅する者も少ないが全くいないわけではない。
街の名は《暗灰色の町ベイルン》。見た目そのままだ。街の建造物や河に掛かる橋、道の全ての石畳も、暗い灰色だけの街であった。
復讐の女神 第1作目《ネフィアルの微笑》 第2話
「ジュリア様は本当に素敵です。お美しくてお優しくて、それに聡明でいらっしゃって」
最初に口を開いたそばかすの少女が、うっとりとした表情で言った。
周りの三人はそれに賛意を表した。同時にそれは、他のジュリアン神官たちへの隠しきれない失望の表れでもある。アルトゥールには、それが分かっていた。
彼らの近くに立つ大人たちが口を開いた。
「本当に残念だが、ジュリア様は決して神殿内で出世なさることは
復讐の女神ネフィアル 第1作目《ネフィアルの微笑》 第3話
ロージェは黙って何も言わなかった。
そこに一人男が入ってきた。彼は上階の泊部屋から降りてきたようだった。彼はアルトゥールたちを見るとにこやかに挨拶をしつつ近づいてきて、ザカリアスという名の旅の商人だと名乗った。
「ご一緒してもよろしいですかな?」
アルトゥールはどうぞ、と答えた。ローブのフードを下ろしているので、彼の闇のように黒い髪と鮮やかな紫水晶のような瞳が露わになっている。その二つの色
復讐の女神ネフィアル 第1作目《ネフィアルの微笑》 第4話
門番をしている壮年の女ははっとしたように目を見開き、すっと背筋を伸ばして彼に言った。
「それは何という素晴らしいお心がけでしょうか! ジュリアン神もさぞお喜びになるでしょう。もちろんジュリア様も」
彼女は微笑んだ。その笑みには邪心がない。
彼女のような者を何人もアルトゥールは知っていた。
このような笑みを守るために、今のジュリアン信仰がある、と言って差し支えなかった。それに公然と異を唱
復讐の女神ネフィアル 第1作目《ネフィアルの微笑》 第5話(最終話)
ジュリアは、今朝礼拝に来た男ロージェを見た。息苦しそうに声を絞り出す。
「私も含めて今のジュリアン神官たちがどうであれ、あなた達のやり方では結局誰も救われはしないわ」
「それでもきっと何かは変わる。いいや、必ず変えてみせる」
その時ジュリアは後ろによろめいて倒れた。
「よく耐えたね、聖女様。さすがだ。他のジュリアン神官どもでは、とてもこうはいかなかったよ」
少年が恐ろしい叫びを上げた。そし
復讐の女神ネフィアル 第2作目《子爵令嬢の図書館》 第1話
その日の朝は冷たい風が吹いていた。早朝はまだ冬の寒さを残している。陽(ひ)も昇りきらぬ朝は冷たい。
アルトゥールは、そのまま歩いて酒場に向かう。荒事師と呼ばれる人々がいる場所だ。文字通り、荒事を引き受けて暮らしている者たちが依頼を待っている場所だ。
その酒場には、別に依頼主でもない普通の人間が入って行っても良いのだが、そこには人間以外の存在もいた。
魔族と呼ばれる者たち、彼らと人間との
復讐の女神ネフィアル 第2作目《子爵令嬢の図書館》 第2話
テルミナールは冷静な素振りで語り出した。アルトゥールにも、依頼人は内心でも冷静でいるように見えた。
魔族の血を引く青年は、このように語った。
──貴族である子爵令嬢クレアが、この都市に私設の図書館を建てた。すべて私費によるものだ。爵位は低く当主にも非(あら)ねど、彼女の家は大変裕福で、クレアにも相当な財産が分与されている。
その図書館は、『クレア令嬢の図書館』と呼ばれた。今見られるよう
復讐の女神ネフィアル 第2作目《子爵令嬢の図書館》 第3話
アルトゥールは、依頼人テルミナールと連れ立って根城にしている宿屋の食堂から出た。
目指すはロージェのいる『ワケありの』者たちがいる裏通りの酒場だ。
その店は、古びていて侘(わび)しさがある。そんな場所の方が落ち着くと感じる者たちのための場所だ。脛に傷持つ身でも、後ろ暗い過去と現状があろうとも受け入れてくれる、そう感じさせてくれるのだ。
この店で働く者たちはアルトゥールと懇意(こんい)にして
復讐の女神ネフィアル 第2作目 『子爵令嬢の図書館』 第4話
テルミナールの語りが、事の深部に触れる直前で、シンシアは彼とアルトゥールを、カウンターの左側の奥にある密談のための小部屋に連れて行った。
シンシアは、カウンター内に立つ年老いた小男に、丁重にあいさつをしてから中に入る。小男の正体をアルトゥールも詳(くわ)しくは知らない。人を見た目だけで判断してはならないとは常に思っている。
この店の壁や床、天井は、元々は明るい色の木だったが、長い年月の間
復讐の女神ネフィアル 第2作目 『子爵令嬢の図書館』 第5話
ここは薄暗い地下牢の中である。ここに捕らえられているのは、一人の黒い影であった。それはある人々の怨念である、怨念(おんねん)が固まって、生き物となったのである。知能はあるが低く、一定の凝(こ)り固まった思考しか出来なかった。
彼らはそろってずっとずっと、同じことだけを繰り返し語り続けてきた。ひたすらに同じことだけを。決して彼らの言葉に耳を傾けぬ人々に向かって。
彼らはかつては人間であった
復讐の女神ネフィアル 第2作目 『子爵令嬢の図書館』 第6話(最終話)
「クレア子爵令嬢はアイラーナから言われていた。どのように利用されてもかまわないと。《法の国》時代から怨霊(おんりょう)となって生き残ってきた存在は知られていないが、暗殺者ギルドの脅威を知らない者はまずいない」
アルトゥールの静かな、淡々とした声がテルミナールの耳を打った。それ以上は説明されなくても彼にも理解出来た。
「そうだったのですね」
テルミナールは卓に視線を落とし、うつむく。
「妹は、
復讐の女神ネフィアル 第3作目 『美女トリアンテの肖像』 第1話
そこは静かな村だった。美しいブナの木の森、森の中に静かに暮らす人々の村だ。
村の中心に大きな屋敷がある。そこは二百年前に明主としてこの村を治めた女伯爵の屋敷である。女伯爵の名はトリアンテという。近隣では評判の美女であった。トリアンテは、魔女ルードラに妬まれて、醜い化け物の姿に変えられたのだった。
今、トリアンテの領民たる村人たちは、みな領主の屋敷に閉じ込められていた。
トリアンテは自
復讐の女神ネフィアル 第3作目 『美女トリアンテの肖像』 第2話
次の日には、すでに二人で森の奥へと進んで行った。恐るべき魔女ルードラの住む土地へ。村人たちは、香草で香付けした干し肉や、滋養のある果物の干した物を布袋に詰めて、数日保つだけの量をくれた。
アルトゥールもジュリアも、礼を言ってその場を去った。二人とも必要なだけの食物は神技を使えば出せる。それでも断る理由は無いし、一日に使える神技には、この二人ほどの高位の神官と言えど限界もある。
こんな森の
復讐の女神ネフィアル 第3作目『美女トリアンテの肖像』 第3話
二人は空中通路を静かに歩いていった。一足ごとに足元で埃(ほこり)がたつ。
そのうち、奥の方に光が見えてきた。光は緑色であった。それまで歩いて来た通路も、これから先の通路も、ほぼ真っ直ぐである。しかし時折、定規で直線を引きそこねたかのように、奇妙なずれを生じていた。
それでもどこにもひびや割(わ)れ目はない。壁も床も天井も全部が、そのずれに合わせて形成されている。
緑の光差す方へは、難