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SFと政治は切っても切れない関係にある。


ハインラインの『ガニメデの少年』は、人口過密と食糧危機にある地球から木星の衛星ガニメデへ移住した主人公とその家族を描いたジュヴナイル作品です。

物語じたいが1950年というまだ戦後まもなかった時期に書かれているせいか、戦後のリアル植民地あるあるっぽい感じ?(勝手なイメージですが)

現場の実態を知らない政治家の主導でおこなわれる植民地政策は、ガニメデの植民者たちが直面している現実とは、完全に齟齬をきたしていました。

それでも人々は新天地でたくましく生きてゆくのですが、この物語が書かれてから約70年経った今、別の星への移住に関してここまで楽観視する地球人はいないのではないでしょうか。

ガニメデへ移住なんて荒唐無稽な話でなくとも、月にはわれわれが呼吸可能な空気はないし、火星の大気は薄くて成分も地球人向けのものではない。
そんなことは70年前からすでにわかっていました。

移住先となる惑星や衛星の環境の改善や開発には、各国政府が湯水のごとく注ぎ込んでいる自国の軍事費や防衛費を、地球規模の宇宙開発プロジェクトにそっくり向けなければおそらく無理でしょう。

21世紀の未来に、平和な地球政府の樹立を夢想したSF作家は少なくありませんが、いまだ国や人種間で争うことをやめられない現行の世界情勢では、別の星に移住なんて話はまず不可能に近い。

その「移住」なのですが、この作品の訳者あとがきには、わたしが聞いたこともないような話が書かれていました。

新しい惑星への植民は、新しい社会を作ることだ。通産省の考えた老齢者の国外輸出は内外の不評によって路線変更をするらしいが、官吏に新しい社会を作るための指導などできるはずがないではないか。(以下略)

『ガニメデの少年』訳者(矢野徹)あとがきより引用

「老齢者の国外輸出」ってなんですか?そんなの初耳なんですが…。


『ガニメデの少年』の邦訳版は1987年発行です。
これはそのいわゆるバブル時代に、「外国に日本人の居住地をつくっちゃうぜ!」なノリで考案されたバブリーな政策だったようです。
控えめに言っても「随分と調子に乗ってやがったな、バブル期の日本政府!」というほかない政策だったように思われます。

あちこち探してるうちに『シルバーコロンビア計画』という名称が引っかかって、ようやくその詳細が判明しました。
ちゃんとWikipediaにも『シルバーコロンビア計画』として載っていたのにはちょっと驚きました。

シルバーコロンビア計画(シルバーコロンビアけいかく)とは、1986年に通商産業省のサービス産業室が提唱した、リタイア層の第二の人生を海外で送るプログラムを指す。

【内外からの批判】
しかしながら、諸外国から現地の文化に溶け込むことを遮絶した「日本人村」をつくることへの非難、もっと端的に言えば「老人の輸出ではないか」との批判を浴びた。日本は国内で解決できない(貧弱な住居や物価高騰の)問題をカネの力を借りて海外で解決しようとしている-との批判である。貿易黒字が国際問題化していた時期でもあった。

Wikipedia『シルバーコロンビア計画』より一部抜粋して引用。


高齢者人口が減ることで現役世代の負担が軽減するのは歓迎なんですけどね。
でも、これを国の政策としておこなうというのはどうにも嫌な感じがします。

計画の趣旨はわからなくもないのですが、そこはかとなく詐欺めいている感が否めないというのか、どうにも「うまい話には裏があるぞ」的なにおいがぷんぷんするんですよね。


シルバー・コロンビア計画は、退職金と毎月の年金を合わせれば、移住先の国で優雅な老後を過ごせるというのを売り文句としていたようです。

何もせずとも年金という定期収入があり、日本円の金銭価値が高い前提での移住なので、ここだけを聞けば魅力的な計画っぽく聞こえるのですけどね。

でも、バブリーな時代の楽観的予想がはずれて日本円の価値や年金支給額が下がったり、病気で手術や入院が必要になった時の医療費や保険なんかはどのようになっていたのでしょうか。

老夫婦が移住して20年もすれば、その間にどちらかが亡くなったり、離婚するケースだってあるかもしれないのに、それも想定にあったのでしょうか?
もしも年金が半分になっても、そのまま問題なく暮らせる手段が講じてあったとは考えにくいのですが。

また普通に考えれば、日本を出てゆく時に家は処分するしかないだろうし、これだと帰りたくなっても、もう日本には戻るべき場所がなくなりますよね。

日本に拠点を残しておけるのは、家の維持費や管理費、税金も気にかけずにすむ富裕層ぐらいのものです。
昨今の著名人にもそういうひとがいますけど、彼らは年金暮らしの老夫婦ではありませんから。

ひょっとすると、これは金銭面での不安のない富裕層を対象とした政策だったのかもしれませんが、それなら各自で勝手に行っていただくべきで、税金つかって政策としてやることじゃないですよね。

なるほど、あちこちから批判されたのももっともな話で、計画が頓挫したのもうなずけます。
まぁこの計画とフィクションのガニメデへの移住とでは、まったく異なるべつの話なんですけどね。


『ガニメデの少年』の主人公の父親は、息子にはいつか地球へ戻って、大学でいい教育を受けて役に立つ学位をとってほしいと望んでいました。

彼は地球に息子のための「凍結資産」を残しており、それは学費や生活を十分にまかなう金額なのですが、ガニメデにいる限りは何の意味もないのです。

異星の植民地では、ずっと後になるまでろくな教育も受けられません。
父親は最初からそのつもりで準備していたと思われ、またそれだけの費用を工面できる人物だったわけです。

そうかと思えば、移住者は全員が事前に適正テストをパスしてきたはずなのに、なんでこんな奴が?と疑わしく思われるような問題ある人々も混じっていて、植民者たちは一見、玉石混交の雑多な集団と映るのですが……?

移住者とはどのようなタイプの人々のことをさすのか、それがわかるのは、もうラストに近くなってからです。

そもそも植民政策とは、地球上の人口過剰をなんとかするためのものではないのだと、主人公は父親から教えられるのことになります。

これを言ってしまうと、物語の真のテーマやその他もすべて明らかになってしまうので、ここには書きません。

でも、たしかに言われてみればなるほどで、単純に増えすぎた人々を他所へ移動させるだけでは、人々は際限なく増え続けるだけで、そんなやり方では、いずれどこかで破綻することになるでしょう。

では、べつの星に植民したり移住することには、人口問題以外にもほかに何か意味があるのか?
それを知りたければ自分で読んでみてください。


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