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育っていたと気づく息子の感性~絵本「よるくま」で~

  「ちゅきま、白いねえ」
 息子の視線の先には、白い月が空に浮かんでいた。
  「おつきさま」を、その頃「ちゅきま」と言うようになっていた。
 その後「黒、ないねえ。水色ねえ」って言う。
 黒? 何言ってるんだろうと、息子と並んで空を見上げた。



 今はよく喋り、気持ちを表現してくれる息子の、十五年ちょっと前。
 言葉遊びや仕掛け絵本から、少しだけ文字が増えて、ストーリー性のある絵本に移行しようとしていた。
 二歳くらいの息子は、人一倍かんしゃくがひどかった。周りの同じ年頃の子供を見ていると、息子の気性の激しさは群を抜いていて、どうしても気になる。本や雑誌に書かれている時期より早々と始まった夜泣きも、まだ続いている。お喋りも遅い。なのに、文字や数字に強い執着を見せていた。
 車のナンバーを覚え、そこに書かれてある平仮名を覚え、まだ二歳なのに漢字や英文字を覚え、読み始める。

 大丈夫だろうか。
 困惑してあらゆる情報をかき集める。

 そういう情報を読めば読むほど、落とした小さな一滴が大きなシミへとにじむように心配は広がり、それはペッタリと頭に貼りついて離れなくなってしまう。
 とりあえずは、もっと喋ってほしいと願った。これだけ泣いたり怒ったりするのだから、言葉にできない感情が、本当はいっぱいあるのではないかしら。
 その感受性を豊かに育てていこう。自分なりに勉強しながら、接し方を日々考えた。うまくいかなかったり、夫と言い合ったり、試行錯誤は簡単ではなかった。
 息子の、発達にまつわるあらゆることが、本や雑誌に書かれているようにはいかない。

 絵本だって、推奨年齢と、息子の発達が合っているのだろうか。ストーリー性がある絵本は、息子にとってはまだ早いのかもしれない。

 息子は当時、紙を「めくる」面白さを知ってしまい、私が読んでいるそばから、ページをめくろうとする。省略しながら読み進める私。ページをめくって嬉しそうにする息子。遊ぶ時は良いけど。うーん困ったな。

 ある日。あまりにも速いスピードでページをめくり、キャッキャと笑っているので、耐えかねて「ちょっと待ってよ」と言った。
 思わず言ってからも、まだ迷いがある。息子は退屈なのかもしれない。絵本を無理矢理押し付けても楽しくないだろう。絵本の時間を、我慢する時間にはしたくない。

 そうだ。息子は文字に関心があるから、母さんはこれを見ながら話しているんだよと示そう。
 文字を指差しながら、絵本を読んでみた。

 すると、ページをめくる手がぴたりと止まった。視線が私の指を熱心に追う。
 次第にその絵本が気に入ったようで、読んでと、ねだるようになった。少しずつ、その文字が何を意味しているのかと絵も指差して示すようにした。

 酒井駒子さんの「よるくま」がその絵本。

 息子がストーリーを楽しんだ初めての絵本だったと記憶している。

 よるくまは、ツキノワグマの子供で、胸には三日月の模様があった。「むねのおつきさま」と読む度に、よるくまの胸の模様を指差した。
 「ほら見て。むねにおつきさまがあるね」
と言うと
 息子も繰り返した。

 「んねのちゅきま」

 「んね」も「ちゅきま」も、とっても可愛くて、ギュと抱っこする。

 そして夜、三日月を見つけると「おつきさまだよ。よるくまみたいだね」と話した。
 「ちゅきま! んねのちゅきま!」
 息子も繰り返す。
 本当にわかってくれているのかな。ペッタリ貼りついていた心配は、なかなか簡単にははがれていかない。

 その何日か後だった。
 残念そうに「ちゅきま、白いねえ」と言ったのだ。
 昼間だから月が白い。

 ああそうか。空。
 
 夜の深い黒色じゃなくて、晴れた水色だ。

 その感性が嬉しくなって、息子と同じイントネーションで「黒、ないねえ。水色ねえ」と言った。


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