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【読書メモ】ポストコロナの生命哲学

早朝、近所の公園をランニングしていると、大きな太い幹に鳥がとまって、くちばしでつついています。しばらくすると、虫を捕まえ、飛び立っていきました。

何でもない光景ですが、自然の営み、生態系を目の当たりにしてこれが「利他」なのかもしれない、と思いました。

木や鳥や虫、それぞれが、自分の生を営んでいる。その営みは互いのためになっている。自然の中で役目を果たしている。それでいて、その役目を果たそうという意識はない。そんな自然の中に人間である私たちもいる。そこに役割や関わり合うストーリーを描くのは言葉を持つ私たちだけだろう。

…漠然とそんなことを思いました。それは、この本を読んでから出かけたからです。

著者は、福岡伸一さん、伊藤亜紗さん、藤原辰史さん。それぞれ、生物学者、美学者、歴史学者です。「ロゴス」と「ピュシス」をテーマにした対談がメインになっています。

生命は本質的には利他的

ロゴスとは論理、ピュシスは自然のことを表す古代ギリシアの言葉です。
私が公園で感じたのは、まさにこのロゴスとピュシスでした。自然の中に身を置きながら、言葉で状況を表現し、解釈している自分に気づいたのです。

そして『これが「利他」なのかもしれない』と考えたのは、対談の中で福岡伸一さんがおっしゃっていたことを思い出したからです。

利己的遺伝子論的には生命は自己複製を唯一無二の目的とするシステムということになりますが、そもそもウイルスに限らず生命というものは本質的には利他的であり、利他的な行為によって生態系が成り立っていると私は考えています。つまり、生命を特徴づけるのは「利己的な遺伝子」ではなく「利他的な個体」なのです。生命の相互作用を利他的な観点から見ると、生態系を有機的、立体的に見ることができると思います。

利他というと、その響きから自己犠牲のように聞こえてしまいます。だからどこか受け取りにくい。ところが「生命は本質的には利他的」だと捉えるとどうでしょうか。自分の生を営むことが、世界を成り立たせている。つまり、どこまで行っても私たちは、大きな自然の中の生態系や相互作用の一つなのです。

give is take.が利他のおもしろさ

また、伊藤亜紗さんは、以下のように話しています。

利他というと、何かをしてあげることだと思いがちですが、むしろ、受け取る人がいて初めて利他が成立するんですよね。利他というのは、常に事後的なものだと思います。私がふいに行ったことが、その後誰かに受け取られることによって、利他になる。私がその誰かのおかげで「利他的な人」になるのだとしたら、どっちがどっちに対して与えているのかよく分からなくなりますよね。このgive is take.が利他のおもしろさだと思います。

"give is take." 
この表現にはシンプルな強さがあります。「常に与えることだけを考えれば上手くいくのだ」と思えてきます。

無駄なものやノイズがある人生や社会は豊かになる

「先義後利」という言葉があります。義とは全体のことを考える事。利は、自分のことを考えることです。ビジネスに置き換えれば、「常に考えるべきは、どのように自分たちが社会の役に立つことができるか」ということです。そうすれば、自然と利益は得られます。

ところが、そんなにうまくいくのか、と思ってしまいます。それもまた、自然なことです。

藤原辰史さんは、対談の中でこんなことをおっしゃっていました。

無駄なものやノイズが存在し、そうしたものとの葛藤があるということは負の感情だと思われがちですが、実は心の動きの中でも、非常に大きな役割を果たしています。葛藤があるからこそ、私たちはさまざまな人と出会い、言葉を交換し、多様な生き方があるということを互いに知ることができるわけですし、だからこそ、無駄なものやノイズがある人生や社会は豊かになるのだと思います。

「先義後利」の実践には、葛藤がついてきます。本当にそれだけでうまくいくのか、とか、損をしてしまうのではないか、と思います。それは、人間としては当然のことです。私たちは、言葉を持って、考え、悩むことができるから進歩してきたのです。

コロナによって顕在化した建設的な葛藤

先日、研修のファシリテーションをしていたら、「無責任社員の方が楽だ」という言葉が出てきました。経営者やリーダーの心構えを考える研修です。その中で「会社の責任者は誰か」という問いを設定して議論していたときのことでした。

ここで言っている「無責任」には悪気がありません。目の前のことを言われたからやるだけ、という態度のことを言っていました。

その方が楽…というのは、研修の参加者である幹部や管理職から出た愚痴でです。できれば、グッと飲み込んで、責任という葛藤に向き合えることを有難いと思いたいところです。

何かをすれば、周囲に良くも悪くも影響を与えます。そのことによって責任が発生するわけです。そんなことを感じない方が確かに楽です。でも、この葛藤に向き合って全体のことを考えられるのは、自然界の中では私たち人間だけなのです。

こうした問いは、コロナによってますます顕在化したように思います。良い機会を自然から与えられているというのが、この本からの一番の気づきでした。

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