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現実とは何か?

本原稿は、デジタルハリウッド大学大学院「先端科学原論 藤井直敬教授」の課題用に書いたものです。

CMでは伝えられないもの

現実を捉える上で「非言語コミュニケーション」の大切さが言われて久しい。

「言語コミュニケーション」とは、言葉のみを使ったコミュニケーションのこと。メールや手紙などがこれに当たる。言葉のみで伝えるため、情報を明確に伝えられる一方、感情を伝えることは難しい。

一方、「非言語コミュニケーション」とは言葉以外の要素(聴覚・視覚)で伝えるコミュニケーションのこと。表情やジェスチャー、外見のほか、たとえば距離感や雰囲気といった”五感”に頼る部分も入るため、感情も含めた多くの情報を伝えることができる。

「言語コミュニケーション」と「非言語コミュニケーション」が人に与える印象を解明したのがアメリカ・カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学名誉教授アルバート・メラビアンによる「メラビアンの法則」だ。メラビアンの法則は「7-38-55のルール」ともいわれ、コミュニケーションを取る際に影響する「言語情報」「聴覚情報」「視覚情報」の割合を示したものだ。

メラビアンの法則 引用元(※1

TVやスマホを見ていると毎日の様に沢山のCMに触れるが、CMこそ、まさに視覚と聴覚に訴えるフォーマットといえよう。視覚と聴覚という、コミュニケーションにおいて93%を占める感覚に最適化し、効率的に情報を届ける事で経済に大きなインパクトを与えている。

だが、私はCMでは伝えられないもっと大切な感覚があるのでは無いかと常々考えている。

身近な経験からの問い

ここで私自身の経験を挙げたい。

私が学生の頃、ボーイスカウトに入っていた。毎年おこなわれる恒例行事の一つに、日の出スポットまで一晩かけて歩き、高台からみんなで日の出を見る「日の出ハイク」というイベントがあった。日付が変わるころに集合し、睡魔と闘いながら一晩かけて高台に向けてただひたすら歩いていく。真冬の夜道は非常に寒く、途中には長い橋もあり、突き刺さるような寒さだった。田舎道なので街灯も少なく、移動時間は決して楽しいものではなかった。そんな苦労を経て、ゴール地点で日の出を見ながら振舞われたのが一杯のカップラーメンだった。その時、私がたまたま手にしたカップラーメンは「カップスター」。以降、何回も「日の出ハイク」に臨んだものの、私が選ぶカップラーメンは決まって「カップスター」だった。大人になった今、これまでの人生で様々なCMに触れて来たものの、あの時の感動は超えられていない。私の中で「日の出ハイク」で偶然手に取ったカップスターが、数十年を経た今もなお、カップラーメンのキングなのだ。

続いて、最近の経験についてもふれておきたい。

自宅のそばに、朝から行列ができるうどん屋さんがある。そのお店は手打ちうどんが人気で、肉厚で歯応えのある麺、形もバラバラで、まさに”手打ちとはこうあるもの”という逸品だ。人気過ぎて12:00には売り切れてしまうので、手打ちうどんを食べたければ早めのランチが必須だ。ところが、味覚だけで考えると、そのお店の手打ち麺よりも、仕入れている細麺の方がどう考えても美味しいのだ。”そんなはずは無い”と何度も食べ比べた。間違い無い。味覚に限って考えると細麺の方がスープの旨味が麺に絡み、確実に美味しい。

何度も食べ比べた結果、今の私が頼むのはどちらだろうか?

今は手打ち麺を頼んでいる。

理由は、手打ち麺を食べると幸せになるからだ。野菜にも鮮度がある様に、人の仕事にも鮮度があるのでは無いだろうか? また、この時間、この場所でないと食べられないという特殊性も幸せを感じる要因として大きいだろう。このように、味覚では負ける手打ち麺は、味覚以外の様々な要因から、圧倒的な幸福感をもたらしてくれるのだ。

これらの経験から、私は視覚や聴覚、味覚という、感覚の一部でモノゴトを計ることには疑問を持っている。私たちの感情はもっと複雑で繊細なのではないだろうか。

調査からの問い

次に、技術が私たちに見えない世界を示してくれる例をみてみよう。

現状のボクシングの判定基準は「パンチが当たったのか、当たらなかったのか」がベースになっている。コンピューターゲームでは、与えたダメージ量によってゲージが変化するが、私たちの視覚では、ボクサーのダメージを数値化できないため、このような判定基準になっているのだろう。

最新の研究によって、打撃を受けた身体の部位は内出血をするなどによって血流が悪くなるため、その部位は体温が下がることが分かっている。体温は赤外線カメラで把握できるため、ダメージがあった箇所やダメージ量が可視化できるようになる。実際、そのようなサービスも開発されており(※2)、今後のルールが変わるかもしれない。これは、私たちが見えていることは現実の極一部に過ぎず、その先にも情報が眠っているという一例といえよう。

つづいて、現代では知覚できない感覚についても考えたい。

1994年に神奈川県内に居住する1200人の母親にむけて行われた調査(※3)で、高層階に住む人ほど「原因不明」の流産が増えるという結果がある。高層階といえば価格が高く、景色も美しいことから憧れる人が多い。一般的に高層階に住む人の方がゆとりがあって幸せそうに感じるものの、データでは逆の事実を示しているのだ。原因は明らかになっていないものの、「自然との接触時間が減る」「人とのコミュニケーションが減る」このようなことが要因として考えられているようだ。

確かに、緑溢れる空間に行ったときに感じる新緑の香りや爽快感は言語化が難しい。あの感覚は何なのだろう?人類が誕生して7千万年の間に、これだけ自然から離れた時間はなかったのだから、細胞レベルが自然を求め、人工的な生活を拒絶しているのかもしれない。

今、私たちが現実と思っている世界は本当に正解なのか?
私たちの心と体は何を察知しているのだろう?
古い尺度で現実を効率化した結果、失われていることは無いのだろうか?

感動への挑戦

私はビジュアルアーティストとしても活動している。経験が浅かったころは表現ばかりに目がいった。「最先端だ」「高度なことをしている」「カッコ良い」。このようなモノサシで表現と向き合っていた。

経験を重ねた今は考え方が大きく変わった。作品をつくるときに大切にしていることは「どうすれば感動を作れるのか?」ということだ。必ずしも最先端の技術である必要はないし高度である必要もない。カッコよくある必要もないと気が付いた。個々の文脈において、感動を生むインサイトを発見し、気持ちを動かすこと。これこそが何よりも大切だと考えるようになった。

ビジュアルアートの中で、私が一番感動に近いと思っているのはライブでのビジュアル表現だ。人の反応や表情をダイレクトにみれ、一体になれる感覚は一度味わってしまうと止められない楽しさがある。

私がライブで表現するビジュアルは、音やセンサー等の外部入力を取り込み、その場で自動生成することが多く、まさに「この時間、この場所」だからこそともいえる。それにも関わらず、受け手からすると事前に作成してある動画と一見すると変わらない。音とのシンクロ具合はなんとなく分かるだろうが、そこに、大した印象の差は無いのだ。

手打ちうどんで感じた「この時間、この場所」だからこその体験価値。
ビジュアルアートであのような感動を生み出す方法は何だろう?
こうした課題感のもと、最近実施しているのがパラメーターの可視化だ。

(※4)Hyper geek #5 TUNNEL TOKYO ( Galcid + Ken-ichi Kawamura )
現在時刻、サウンドのボリューム、エフェクトの角度、縮尺等をあえて可視化

※5)ニコニコ超会議2023 超テクノ法要

※6)ニコニコ超会議2023 超テクノ法要×向源
アンドロイド観音と共に座禅を行うインスタレーション。
FocusCalmによって瞑想度を計測し、座禅中の脳波をビジュアライズ。
アンドロイド観音が一人一人に瞑想度に応じたコメントをくれる。

私にとって、ビジュアルアートを通じた感動作りはライフワークともいえ、新たな体験をもとめて次のパラメーターを探している。

Photo by Aideal Hwa on Unsplash


※1 メラビアンの法則とは?相手に良い印象を与えるために意識すべきこと
https://en-gage.net/content/mehrabian%27s-law#%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87%E3%81%AF%E5%88%A5%E5%90%8D7-38-55%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB3V%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

※2 ボクシング試合でパンチの有効性をAIで分析、ダメージを可視化する技術を開発
http://ai-biblio.com/articles/1002/

※3 高層階に住むと流産率が上がる イギリスで妊婦が4階以上に住めない理由
https://wotopi.jp/archives/41093

※4 2023.02.23 Hyper geek #5 TUNNEL TOKYO | Galcid × Ken-ichi Kawamura
https://youtu.be/rjcSanIU3Cc

※5 超テクノ法要×向源@ニコニコ超会議2023 
https://live.nicovideo.jp/watch/lv340527187#5:14:23

※6 アンドロイド観音と #FocusCalm を通じて対話する座禅コンテンツ
https://www.facebook.com/vj.kenichikawamura/posts/pfbid0mMp3hbmRyryS7mXbM5uTbWBsszjR2r74J2Ni5uVefy6zdotfgtzhgcqJTUUCe9Apl


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