Whispers of Life

フリーランス英日翻訳家。仕事とはほぼ無関係に、日常を愛し、日常の中の非日常も愛する、た…

Whispers of Life

フリーランス英日翻訳家。仕事とはほぼ無関係に、日常を愛し、日常の中の非日常も愛する、ただそれだけの文章を書きます。ピアノ弾きでもあります。愛する音楽はジャンルレス、愛するミュージシャンベスト5はBeatles、荒井(松任谷)由実、松岡直也、ソニー・ロリンズ、トミー・フラナガン。

最近の記事

石灰の思い出

中学の野球部の2年生だったあるとき、アップ(準備運動)を終えてキャッチボールを始めようとすると、自分のグローブがないことに気づいた。 僕とキャッチボールなどする時間の取れなかった忙しい父が買ってくれた大切なグローブで、よし、お父さんがお前の名前書いといてやろう、などと言って父自身の名前をうっかり書いてしまった、そんな愛おしい痕跡の残る我が相棒である。 よりにもよって油性のマイネームでそう書かれたグローブを僕は懸命に使った。 油性といえども使い込めばやがては薄くなってくる

    • 友よ…(埼玉県熊谷市にて)

      半年ぶりに、3年ほど前に他界した親友の墓参りに行った。 東京の僕の自宅は多摩霊園が近いので、気を利かせたのか、コンビニにも墓参りの人をあてこんだお花の数々が並んでいたりする季節である。 それを見て、いてもたってもいられなくなり、彼が眠る熊谷まで出かけたのだった。 久しぶりに訪ねた熊谷の空は、相変わらず悲しいほどに碧い。 彼の墓石には「絆」と刻まれているだけで名前は端っこの方の別のところを見ないとわからないから、毎回迷う。 僕は花をさし、線香をたき、墓石に水をかけ、そ

      • 用水路の天使

        大きめな仕事を納品した後は、僕はたいてい酒に酔ってくつろいでいる。徹夜明けならなおさらだ。 そしてその場所はどういうわけか駅のホームだ。だって駅のホームの端っこで飲む酒がいちばん旨いんだもの。 酔うといろんなことを思い出す。 小学生だったあるとき、自宅までの帰路に、ふと思い立って、いつもと違う経路で帰ってみたくなった。 適当に道を選んで歩いているうち、僕は見知らぬ路地を曲がり、か細い用水路のような川が流れている、いわば道なき道のような通路に入ってみたくなった。ちいさな冒

        • 川越線の車内にて

          僕はちょっとした仕事上のきっかけでやるせない気分になり、自宅から電車を乗り継いで、ある駅のホームで酒をあおり、また別の電車に乗って、気がつけば埼玉県の川越駅のホームにいた。そこで目の前に始発として止まっていた川越線という埼玉県の在来線に乗り込むことにした。 どんな路線でもありがちなことだが、空いている車内でおっさんが、足を組むだけならまだしも、片方の膝に足をクロスさせるようにして偉そうに座っている。この座り方は当然ながら場所をとる。両隣に人を座らせない作戦である。 いや、

        石灰の思い出

          【ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(最終回)】

          ”Sexy Sadie" (1968) - Lennon 『ザ・ビートルズ』(The Beatles)収録。 ある人への軽蔑や皮肉を込めたこの曲の背景について、僕には詳細を語るほどの知識も興味もないので割愛する。 ただ面白いことに、そういう曲なのに(もしかしたらそういう曲であるからこそ)抜群に美しいメロディになってしまったりするから音楽は深いし、人の心も複雑なものだと感じさせられてしまう。 この曲を初めて聴いた高校生の頃の自分にジョンの心情など分かるはずもないし、僕は

          【ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(最終回)】

          ポンコツオヤジ野球チームの奇跡(その2)

          玉三郎がライトの頭を越える大きな当たりをはなって三塁にまで達すると、我がチームのベンチは沸きに沸いた。 9回裏、ノーアウト三塁。これ以上ない「サヨナラ勝ち」のチャンスがやってきたわけだ。 玉三郎をホームに生還させることさえできれば勝てるのだ。 しかしそのとき、次打者としてネクストバッターズサークルに座っていた僕は、左足にわけのわからない違和感を覚えていた。そして、いざバッターボックスに向かおうと立ち上がったときに、その嫌な予感は現実になる。 痛みはさほどでもないが、下半身

          ポンコツオヤジ野球チームの奇跡(その2)

          【ポンコツオヤジ野球チームの奇跡】(その1)

          バッターの打ったボールが、レフトを守っていたアパレルのところに飛んできた。 アパレルとは僕が勝手につけたニックネームである。そう、往年の名ドラマ「太陽にほえろ!」のように、僕は勝手に、パパ友である彼らにニックネームを付けていたのであった。 アパレルはときおり海外に出かけ、さまざまな衣服を仕入れてきては、A駅近くにあるちいさな店舗でそれを売っていた。手腕が良いのか、繁盛していたようだった。彼は長男が所属する少年野球チームの監督を務めてくれていた人物だ。 彼は大学時代には準

          【ポンコツオヤジ野球チームの奇跡】(その1)

          ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その3)

          前回の記事はこちら https://note.com/kenji_mishima/n/nd47820f36728?sub_rt=share_pw 7.”Dear Prudence" (1968) - Lennon 『ザ・ビートルズ』(The Beatles)、通称『ホワイト・アルバム』収録 発表年の順に並べた都合上7番目に来たが、このDear Prudenceこそが個人的にはビートルズのあらゆる曲の中で最も愛している作品であり、その他の「世の中に存在する無数のアーティス

          ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その3)

          ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その2)

          前回(https://note.com/kenji_mishima/n/n144e6520b76a?sub_rt=share_pw)からの続きです。 4..”For No One" (1966) - McCartney 『リボルバー』(Revolver)収録。 https://youtu.be/hgJ7dmr_ysU?si=JeEHw_fVsowOGx6r 何よりも曲が美しいので、僕の頭の中からは生涯離れることがないであろう「何だか妙に気になる曲」の一つ。 キーボーディ

          ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その2)

          ラーメン二郎とアダモちゃんと山田さんの話

          あれはおそらく大学3年の頃のことだから、実に35年と少しばかり前のことだ。 僕は自宅から1時間20分ほどかけて大学の最寄駅にたどり着くと、音楽サークルの仲間や先輩に会う用事があればキャンパスまで行き、ない場合は、たとえ受けるべき講義があったとしても出席せず、大学のすぐそばにある「ラーメン二郎」に寄ってから帰るのが日常であった。 親にはつくづく申し訳ないことをした。 ある日、ゼミ仲間の貫太郎と一緒に二郎に並んでいると、ヒップアップの島崎俊郎さん、つまり、ひょうきん族で言うとこ

          ラーメン二郎とアダモちゃんと山田さんの話

          ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その1)

          何とはなしに、いつかは上記のテーマで自分の頭の中を整理してみたかったのです。そこへ来て、あるクリエイターさんの投稿(https://note.com/tatsumi1996/n/n5f1ab11cbe59?sub_rt=share_pw)にインスパイアされ、自宅に張り付いていなければならない本日、時間のあるうちに「はじめの3つだけ」書いてみます。 以下、発表時期の順に曲名と作曲者名義、収録アルバム、愛している理由を端的に記します。好きな順ではありません。 なお、「隠れてね

          ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その1)

          Rainy Day, Small Egg, Big Hope

          雨の阿佐ヶ谷駅のホームで、特に行くあてもなく立ち尽くしていた。 限られた数しかないベンチには、若い二人が腰掛けて、 肩寄せ合っておにぎりを頬張っている。 足元にはカートを置いて。 どこか遠くに行くの? どうか幸せに、ほんとにどうか、幸せに。 さっき食べたラーメン屋の店主が、 気配を消すかのようにススっと近寄ってきて、 頼んでいない味付けたまごを置いた。 「雨の日サービスです」 と彼は言った。  僕はこのたまごひとつで、 残りの人生はイケると思う。 みんなどうか、

          Rainy Day, Small Egg, Big Hope

          ナイス・ネーミング

          わかった。 じゃ、このネーミング考えた人のこと褒める。 グビグビ… うーむ…飲みごたえ、なし。 褒めさせろよ! いや申し訳ない。選んだ自分の責任でした😅 仕事も残ってるので、ほんの少しだけ気分転換したかった自分には最高でした‼️ あ… 褒めちゃった…

          ナイス・ネーミング

          自己流枕草子

          3月は、もうすぐ春なのかと期待させておいて強すぎる寒風が吹いたりして何度も失望させられたあげくに、下旬に差し掛かるといきなり桜が開花したりして心からホッとさせられる、そんな「自然に翻弄される季節」だから、それはそれで好きだ。 そんな不確実な季節に、さまざまな状況での別れの予感や、現実の別れがあったりするのも、なんとも心をまさぐられるような気がして気恥ずかしくもなる。 日本は四季があるから素晴らしい、とはよく言われる。 確かにそうだし、そんな母国のことを心から愛している。

          自己流枕草子

          はるか昔の秋の頃

          高校2年の秋の大会のことだった。 先輩が引退し、新チームになり、2年の我々が最年長になって「さあこれから何とか頑張ろう」という時期であった。 会場は、甲子園の優勝経験があり、潤沢な資金に物を言わせて広大な敷地を持つ桜美林(おうびりん)高校のグラウンドであった。 相手は忘れもしない、都立広尾高校であった。 我が母校と大して変わりのない、特段どうということのない相手であった。先制点は取られたが、いずれ逆転できるだろうという根拠のない自信はあった。 普通の都立高校にしては珍し

          はるか昔の秋の頃

          キシダと呑んだ話

          飲み屋さんのカウンターで、気づけば隣にキシダがいた。 彼はいろいろと愚痴をこぼしては、ずいぶんとしょんぼりしている。 僕は自分なりに彼のことをねぎらい、いたわる。 彼の考えに賛同できることもあれば、できないこともたくさんある。 ふと思うところがあって、僕はキシダに、 アバのダンシング・クイーンの話をした。 そしたらやつは聴いたことがないという。 キシダよ、おまえは大いなる損をしてきただろう。開成で一体何をやってたんだおまえは。 知らなかったのは仕方がない。 俺だって、世

          キシダと呑んだ話