007_海
海がある。
仄かに苦味のある湿った匂いとともに海がある。
地方都市ではあるが、北陸なので車で30分も走れば海に着く。
そんな土地柄、特に用はなくとも気分転換に海を見にいくことが多かった。
いつもは海岸沿いの国道を海を横目に走り、高台の駐車場で一服してから帰るのだが、なんとなくその日は浜まで降りることにした。
夕焼けには間に合わなかったが、藍色に包まれながら海岸を歩くのも十分に気持ちが良い。
歩き始めて早々に、同じ年齢くらいのカップルが海を指差して何やら話し込んでいるのが見えた。
珍しくもない光景なので、特に気にしないでカップルの後ろを通り過ぎようとしたところ、彼女の方にすみません、と呼び止められた。彼氏は海の方を向いたままだ。
私のところまで小走りに寄ってきて、彼氏が海に何かいると言ってから様子が変だと。
こんばんは、だいぶ冷えてきましたね。
彼氏に話しかけてみるが、こちらを振り向きもしない。
続けて何度か声を掛けるが反応はない。
ただ海を指差している。
…っで……………だからっ…………
彼女は泣きそうになりながら、もう帰ろうよと呼びかけている。
だっ………みっ……たがら………
近づくと、彼氏は涙をぼろぼろ流しながら、ほとんど音節で区切ったような言葉を途切れ途切れに口からこぼしている。
さすがに危ないのではと思い、救急車とか呼びますか、警察に電話しますか、と彼女に聞く。
ふふ
ふふふっ
彼女が笑い出す。
状況が飲み込めず固まっていると、彼女もぼろぼろ涙をこぼして笑い出す。
それを見た途端にどっと気味が悪くなって、
もうカップルのことなんか知るかと思いその場を離れた。
途中、振り返ると二人が私の方を指差しているのが見えた。
ありがとうございます。進行形で記憶を供養しています。