きよ

修士2年です。建築の視点から都市計画を学んでいます。旅と写真と人が好きです。

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修士2年です。建築の視点から都市計画を学んでいます。旅と写真と人が好きです。

最近の記事

「主観」の人生の時代をどう生きるか -すずめの戸締まりより-

昨晩の金曜ロードショー すずめの戸締りを見て思った感想をメモ程度に。 すずめの行動原理 すずめの行動原理が最初不思議に思えた。 死ぬのが怖くないのかと問われ、怖くない!と即答する、高校生が持つにはあまりにも達観している価値観にギャップがあるなと思いながら見ていた。 しかし、物語を通じてそれは過去の震災で生きるか死ぬかは運命のようなものということを徹底的に分からせられた彼女自身の経験からきていた。 この物語におけるイスの意味 私はこの映画を、人と場所の関係・人とモノの

    • オッペンハイマー

      昨夜、公開初日のオッペンハイマーを見てきた。 ノーランの新作、そして日本の歴史と大きくかかわる原爆、これ等が絡みついた作品を見ないわけにはいかなかった。 映画について オッペンハイマーは原爆の父と言われている。 実験が苦手だった彼は、理論物理学者の師匠みたいな人に出会いその道に進んでいきめきめきと頭角を現す。 アインシュタインに代表されるように当時の物理学が古典物理を超えこの世を構成する原子そのものに迫り始めた時代背景が、奇しくも戦争による兵器開発競争にリンクし、その

      • 2/24 くもをさがす

        最近星野源さんから派生して、その周りの方本を少し読むようになった。 若林さん、西加奈子さん、 彼らの書く文章にすごく引き込まれる。 自分を着飾らず。大きく見せることもなく。むしろ、自分の中の弱い、恥ずかしい部分すらもさらけ出しながら、ふつふつとその体の底から浮かび上がってきたような言葉にたくさん出会う。 彼らから出てくる言葉は、今まで周りにいた大人(と思っていた人)に投影していた精神的に安定した、悩みのない大人とは全く違う、 不安定で、 もろくて、 泥臭くて、

        • 小波(さざなみ)

          小波とは 自分の中で小波(さざなみ)と名付けている現象がある。 それは突然やってくる。 これから先の計画を立てるとき。 誰かの何気ない言動。 おもむろに始める一日の振り返り。  何気ないきっかけで。まるで、車のタイヤに踏まれて飛ぶ小石のごとく、予測不能に自分の脳の海に飛び込んできて小さな小波を立ててくる。 この時点で「ああ、また飛んできた来たか。」とは思う。 最初は、まあこんな小波くらいすぐおさまるさと余裕をこいて対処法を考える。その波をあっちから鎮めようとしたりこっち

        「主観」の人生の時代をどう生きるか -すずめの戸締まりより-

          愛される街

          愛される街とはいったい何なのだろうか? 卒業論文・卒業設計を通じて自分が考えていたテーマをぎゅぎゅぎゅっと、むりやり小さくまとめたならばこの問いが一番しっくりくるように思う。 モノづくりをしたい自分。まちづくりにかかわりたい自分。故郷に帰ってまちに貢献したい自分。地元に縛られずに自由に生きてみたい自分。最近の頭の中にはいろんな自分がいてそれぞれあーでもないこーでもないと喋っている。本当に嫌になるくらいうるさいくらい。 けれどもどの自分もきっとそれぞれ考えている。どれも無

          愛される街

          山の日。

          山の日に山に登った。 今までは高い山ばかりを目指していたけれど、近場の山の湿地帯のある低山に登ってみた。 頂上を目指すだけじゃない、のんびり写真を撮りながら登るのもいいなあと 感じた。高山ばかり登ってきたからこそ感じる感覚かもしれない。 小雨の降る夜更け前、車を走らせて山へ向かう。 大学院に入ってからできた他大の友人との初登山。 この時期に新たな登山仲間ができるとは思っていなかったからすごく新鮮で楽しかった。いい写真いっぱいあるけれど、載せれないのが残念。 山に登ること

          山の日。

          カルチャーショックってやつ

          卒業旅行に行った。 4年間いった大学は、そのうち2年がコロナで授業もろくに受けられなかった。1回生のときに運よく大学のプログラムでオランダに行く機会があったけれど、それ以外はひたすら国内の山とか流氷とか屋久島とか思いつく限り遠くに行ってきた。海外にたくさん行きたいと思って大学に入ったがその願いはほとんどかなわなかった。 ところが1月の中旬、卒業設計に追われている中 高校からの友人に卒業旅行に行かないかと言われ二つ返事で承諾した。シンガポールに行くと聞いて心が躍った。久々の

          カルチャーショックってやつ

          「環境は偶然で責任は必然となる時代に私は社会とどう向き合うか」

          <責任>の生成-中動態と当事者研究を読んでの感想を綴ります。 【本書の要約】 副題にもある通り本書は國分氏の研究である「中動態」と熊谷氏の研究である「当事者研究」が相互に作用しあいながら多様な議論を生み出していく過程を対話形式で語ったものである。 現在の能動態と受動態にきれいに二分される前、そこには中動態が受動態を内包する形で能動態と対立していた。中動態の定義は自身がその動作の過程の中にあることであり、自分がその過程の場所になっていることを表していた。そこでの中動態は”そ

          「環境は偶然で責任は必然となる時代に私は社会とどう向き合うか」

          流氷の旅 最終日

          あんなに楽しみにしていた旅も気が付いたら3日目の最終日になっていた。昨晩、宿のおばあちゃんに早起き出来たら知床斜里に行っておいでと言われ、調べてみたら朝の6時半に家を出ないと12時の飛行機には間に合わないと分かった。 大学生と早起きは水と油くらい相性が悪いけれど、せっかく来たんだから後悔の無いように早起きしようと思ってアラームを7個もかけておいた。 余裕で一つ目のアラームで起きれた。なんなら隣で寝ていた大学生たちが朝日を見て騒いでいたからそれより早く起きれた。旅ってすごい

          流氷の旅 最終日

          流氷の旅 2日目

          自分の家だと寝起きが悪くて二度寝してしまうのが日常だけれど、外ではパッチリ目が覚める。下に降りると、新聞を読むおじいちゃんと、朝ごはんを準備するおばあちゃんがいた。宿のおばあちゃんが入れてくれたコーヒーと昨日買ったセブンのパンを頬張りながら今日の予定を考える。午後は網走監獄へ絶対に行きたいと思っていたから、午前中はおばあちゃんにおすすめされた能取岬に行くことにした。 外に出てみると真っ白な平原が広がっていて驚いた。夜は真っ暗で何も見えなかったからなおさらだ。キラキラした雪と

          流氷の旅 2日目

          流氷の旅 1日目

          「流氷を見に行こう。」 去年の暮れにピーチの飛行機のセール情報を見つけ、突然思いつきで、そのままチケットと宿を予約した。自分でも驚きの衝動買い&行動力だと思う。 カメラ一つ抱えて流氷を見に行く。写真家の幡野さんの影響でカメラを買った。中古のカメラで結構いい値段だったけれどカメラを持って一人で旅に出ることはもちろん初めてだ。でもカメラを持って行ってほんとによかったと思う。 翌日の予定が楽しみで眠れなかったのはいつぶりだろう。朝一番の電車に乗って空港へ向かう。あまりすっきり

          流氷の旅 1日目