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ラジオの喧騒

文机を購入してから、ますます自分の部屋が気に入ってしまい出不精になっている。あまり世間と隔たりすぎても良くないと思い、日中はパソコンでラジオを流すようになった。

軽快でさわやかな女性DJの声とスピッツやジュディマリ、コブクロといった明るくポップな曲たちは、のび太マインド旺盛な私でも午前10:00の部屋掃除をサクサク進ませてくれる頼もしい存在となっている。

唯一困っているのは午後の昼下がりだった。昼食を済ませ、さあ作業に取り掛かろうとすると眠気に襲われる。
朝はあんなに有難がっていたにも関わらず、午後にはアルファ波が東宝映画のオープニングが如く押し寄せてくるのはラジオのせいと難癖をつけてうとうとしてしまう。

今日もいつものように瞼が2/3ほど閉じた頃、ラジオから何かを潰すような鈍い音が聞こえてきた。

「え、ちょっと、何ですか?!キャベツを大量に持ってくるのは止めてください!!キャベツを割るのは止めてください!!」とDJが叫んでいる。
先程聞いた音はキャベツが潰れる音のようだった。ラジオブースに持ち込める大量のキャベツとはどのくらいだろうか。焼きそばにしたら何人前になるだろう。そもそも何が起こっているのか知りたい。私はパソコンから流れる音声に耳を澄ます。

普段とは違う、男の声が聞こえてきた。
「俺は命がけで俳句を考えるからみんな寝ろよ!これ流すから!子守歌だから!!」

乱入者と思しき男の声は存外聞き取りやすく、少しだけざらりとしていた。いつものDJが遠くから叫んでいるが男は意に介さず、裏返った気持ち悪い笑い声と蛍光灯を思いきり割ったような音をかき消すように曲が始まった。

男が流したのは全く子守りにならない、乱入していなくても放送事故になる曲だった。私はこの曲を知っている。CD全盛期にわざわざカセットテープで販売されていた、あの音だ。騒々しいギターの中に冷たい風が吹いている。

大切にしまっていたはずのカセットテープの磁気が、引き出しから畝り出てくる。カセットデッキはもう無いのに、音が流れる。わざと不快になるようラジオと音をずらし再生する意思を持った磁気テープとギターの嵐は、まるで筆圧を限界まで上げて描いた9B鉛筆の線のように私の机を這い、黒々と侵食していく。
その後ラジオブースがどうなったのかわからないまま、私は眠ってしまった。



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