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小説版「人間が嫌いな猫」

おいらは人間が嫌いだ。

「何故か?」と尋ねられれば、まぁ理由は数多く存在するが、とにかくおいらは人間が大嫌いだ。
ほら、見てみろ。その嫌いな人間のお陰でおいらはいつの間にか1匹だ…。

訳も分からず急に捨てられたおいらに何処へ行けと言うのだ。
急に捨てられたおいらには当然行く場所などない。
人間は本当に勝手だから嫌いだ。

だがもういいだろう。
野良猫にももうだいぶ慣れた。相変わらず人間は嫌いだが、たまに飯をくれる人間もいる。まぁそれだけでは断じて好きにはならない。やはり人間は嫌いだ。

変わらずそんな事を思っていた野良のある雨の日、おいらが冷たい雨に打たれていると、おいらが嫌いな人間がおいらに傘を置いて行った。
なんの気まぐれかは知らん。
おいらにこんな事をしても無駄だぞ爺さん。おいらは人間が嫌いだ。

そう思っていたのに――。

雨の日の翌日。
何故か傘を置いて行った爺さんに拾われてしまったおいらは、嫌いな人間と一緒に暮らす事になってしまったようだ。

分かるだろう?
人間というのは実に気分屋だ。本当に何を考えているのか分からない。だからおいらは人間が嫌いだ。

と、文句を言っていてもしょうがない。そうは言ってもこっちも野良猫。別に行く場所も帰る場所もない自由猫である。
この爺さんはなんか飯も水も毎日くれるからしょうがない。もう少しだけ爺さんの気まぐれに付き合ってやろう。
なぁに。
所詮はどちらかが飽きるまでさ。
それにしても…。人間は不思議な物を付けている。この眼鏡とやらは全てが歪んで見える物らしい。よく分からん。
ダメだ。気持ち悪くなってきた…。これだから人間は嫌いだ。

他にも人間が嫌いな理由は多々ある。
多々あるが…。今はちょっと待て。このストーブとやらは堪らん。
何だこれは。暖かくて眠くなる。これは良いな…。

おっと。話が逸れた。よし、改めて人間が嫌いな理由を言おう。
まず人間はあまり頭が良くない。
ほら、その証拠に今窓から見える猫じゃらしが遠い。全く届かないじゃないか。これだから人間は嫌いだ。
欲しいのに…。

おいらがそんな事を思いながら猫じゃらしを眺めていると、爺さんが猫じゃらしを取ってくれた。
まぁこれは人間が嫌いなおいらへのポイント稼ぎだろう。実に浅はか。

シュ。シュ。シュ。

だが爺さんの猫じゃらしの扱いは上手いな。おいらを上手くじゃらしている。
しかしこんな事で評価は変わらぬ。おいらは相変わらず人間が嫌いだ。

他にもまだまだ嫌いな理由がある。
それは人間がおいらの事をまるで分かっていないという事。
爺さんはおいらにフカフカな寝床を用意してくれたが、残念。
おいらの体はこのダンボールにフィットしてしまっている。
ここが落ち着くんだよ…。

爺さんと暮らし始めてそこそこの月日が経った。
勿論人間は嫌いなまま。だが最近、おいらは人間よりも厄介な物と出会ってしまったかもしれない。

ひゅーん…ぽーん、ぽーん、ぽん。

そう。その正体がこの憎たらしい丸い玉。
爺さんに投げられると何故か本能的に玉を追ってしまうのだ。これが相当厄介。

いまだに人間は嫌いなままだが、爺さんの事は少し分かってきた。

だが、そう思っていた矢先…。

爺さんはいきなり絵とかいう物を飾り始めた。
これが全くもって理解不能。
なにやら猫っぽい絵が描かれているが…まさかおいらじゃないよな…?

気が付けばまた冷える時期になった。
この時期になるといつもあの日を思い出す。
爺さんと出会った日は雨だったな。

この暮らしでこの時期を迎えるのはもう5度目になるか…。
月日の流れは早いものだ。

恐らくこれが“最後”となるだろう――。

今でもおいらは人間が嫌いだ。
気分屋で頭が良くなくて、理解不能な事が多い。

それに、人間はすぐに泣くものだ。

ほら。
おいらがもうすぐ死ぬと分かった途端、もう泣きそうな顔をしているじゃないか。

爺さん…。
これ以上おいらを人間嫌いにさせるな。死ぬと分かっただけで泣くのなら、おいらが死んだら絶対大泣きだぞ。
全く。
すぐに泣くから人間は嫌いなんだ。

こうして爺さんの膝の上でくつろぐのもあと何回だろうな…。
それに、死が近いせいだろうか、おいらは不思議な事を思った。

もし今何でも願いが叶うのならば、おいらは1度“人間になってみたい”。

だってそうだろう?
もしその願いが叶えば、猫のおいらでも“言葉”と“表情”を手に入れる事が出来る。
そうすれば言えるじゃないか。

爺さん。貴方に笑顔で「ありがとう」と――。

それに「泣くな」とも言える。まだまだそれだけじゃない。

おいらがもし人間になれたら、爺さんのように雨に打たれる野良猫に傘を置いてやる事も出来るし、その野良猫を拾ってやる事も出来る。
そう思うと人間になるのは案外ありなのかもしれないな。

いや…。
やっぱりそれはダメだ。
だってもしおいらが人間だったらあの日、貴方に傘を置いてもらえなかった。
だから人間になるのは却下だな。

捨て猫。野良猫。自由猫。
おいらはやっぱり猫でいい。
猫で良かった。

爺さん、おいらが猫で本当に良かったな。

貴方がそんなに泣くなら、おいらだけでも泣かない。

本当に猫で良かった。
だって猫なら“鳴く”だけで済む。爺さんのようには泣かないからな。猫で良かった。


貴方は人間。おいらは猫。不思議な出会い。
理解出来ない事が本当に多かったな。
頑張っても理解しがたいのは、やはりあの絵だ。
とうとう最後まで分からないが雰囲気は良い。
うん…。今では全てがいい思い出となっている。
まぁ人間は嫌いだが爺さんには感謝しているぞ。
旅立ちが少しおいらの方が早くなっちまった。
なぁに、今度はおいらが拾ってやるから大丈夫…。


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